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続 3 : 11
不愉快そうな顔をして、子日君は僕を見ている。
「言っておきますけど、兎田主任に対する先輩の言動なら、俺は気にしていませんよ。むしろ、困っていたので助かりました」
「そ、れは……っ」
瞬時に、理解した。気を遣わせている、と。
それと同時に、分かってしまった。……彼の前では【完璧に近いだけ】の笑みは意味がないのだ、と。
「……ごめんね、子日君」
貼り付けていた笑みを剥がし、僕は子日君から目を背けた。
「気を遣わせて、ごめん」
僕の声を聞いて、子日君はため息を吐く。
それからギッと、椅子の軋む音が鳴る。子日君が僕に近寄り、顔を覗き込んできたのだ。
「先輩」
「……なに、かな」
「俺の頭、撫でてくれませんか」
あまりにも、子日君らしくない言葉。僕は当然、驚いてしまった。
「そういうの、子日君は嫌がるでしょ?」
「いいえ、まったく」
無表情なまま、子日君は続ける。
「ただ、最後に俺の頭を撫でたのが先輩じゃないというのは。……なんだか、落ち着かないので」
これは、ヤッパリ子日君らしくない。思わず僕は、眉尻を下げてしまった。
「それは僕が、ヤキモチ焼きだから? 気を遣って、僕が喜びそうな言葉を選んでくれているの?」
なんて、嫌な言い方だろう。さすがの子日君も、眉を寄せてしまった。
「嫌なら、いいんですよ。変なことを言って困らせてしまい、すみませんでした」
それは、いつもの不愉快そうな表情とは少し違って。
……どこか、寂しそうな。傷付いたような、悲しい色をしていて。
「まっ、待って!」
椅子ごと、僕から離れてしまう。そうなる直前に、僕は子日君の腕を掴んでしまった。
「ごめん、撫でたい! 本当は、本音を言うと僕はいつだって君に触れたい! だから、あのっ、撫でさせてください!」
「そこまで必死にならなくてもいいじゃないですか」
「必死にもなるよ! せっかくのお誘いを、つまらないことで台無しにするところだったんだから!」
「そうですか」
子日君はそれだけ言って、黙ってしまう。眉を寄せたまま、静かに座っているのだ。
その姿はもう、僕から離れようとはしていないみたいで。僕はそっと、子日君に向けて手を伸ばした。
「じゃあ、えっと。……撫で、ます」
「よろしくお願いします」
子日君の、黒い髪。伸ばした先にある、愛しい人の頭。
僕は子日君の頭に手を伸ばし、遠慮がちに撫で始める。それでも子日君はなにも言わず、そして動かない。
……なんて、優しいのだろう。撫で方に対して『物足りない』とも言わなければ、逆に『丁度いい』とも言わない。完全に、僕の意思だけを尊重してくれているのだ。
「……子日君」
「なんでしょうか」
「好きだよ」
「はい」
僕の好意を、受け止めてくれた。
そんな子日君の頬に手を滑らせて、僕は。……彼の顔を、そっと持ち上げた。
「こういう時、訊かれるのは嫌なんだっけ」
「はい、嫌です」
「じゃあ、勝手にする。……子日君、目を閉じて」
素直に、子日君が目を閉じてくれた。
……だから僕は、君のことが好きなんだよ。
たった一文も言う余裕もないまま、僕は子日君の唇にキスをした。
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