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続 3 : 13

 僕を見つめたまま、子日君は口を開く。 「先輩がカッコ悪い奴だって、俺は知っています。情けないし、セクハラ三昧の最低な人だし、すぐにヤキモチを焼くし、弱虫なことも知っています」 「うっ」 「それなのに、先輩は顔に嘘を貼り付けて隠そうとした。全部知っている俺に隠す必要なんてないのに、です」 「返す言葉もありません……」  まるでご機嫌取りのように、子日君の頭を撫でる。今度は、両手でだ。  するとなぜか、ため息を吐かれてしまったではないか。 「それでも俺は、そんな先輩を選びました。だから、変に隠されると腹が立ちます。また嘘の笑顔を浮かべたりしたら、次は皮を剥ぎますからね」 「ご、ごめんなさい……」 「謝罪は結構です。他にすることがあるでしょう」  ジッと、見つめられる。 「……好きだよ、文一郎」 「知っています」  頬に手を滑らせるのと、ほぼ同時。子日君は口を閉ざし、そして目も閉じた。  ……ヤッパリ、子日君には敵わない。彼の優しさを知り、彼の優しさに憧れているくせに、結局は誰よりも彼の優しさに甘えている。  せめて、彼にとって心安らぐ相手でいたい。彼にとって、僕は。……僕だけ、が。 「──君の一番になりたいよ」  キスを落とし、そう囁く。  子日君は僕の言葉を受け止めた後、すぐに瞳を開いた。 「先輩って、本当に。……ドアホなお馬鹿さんですよね」 「えっ、なにそれ、酷いよっ」 「酷いのはそっちでしょう?」  またしても、子日君は拗ねたような顔を浮かべてしまったのだ。 「変わらないはずだった胸の鼓動を捧げて、頭の中を半数以上明け渡して、使う予定の無かった処女を捧げて、動くはずもなかった感情やら運命やらを全部明け渡したんですよ、俺は」 「子日君? なにを──」 「──それなのにこれ以上、いったいなにを捧げたら『子日君の一番は僕だ』って。そう、信じてくれるんですか?」  きゅっ、と。胸の奥が、締め付けられた。  だけど、それは痛くも悲しくもない。ほんの少しだけ切ない気もするけれど、それよりも断然甘い締め付けで。 「文一郎。目を、閉じて」 「……はい」 「ありがとう。……大好きだよ」 「ん、っ」  目を閉じてくれた子日君に、僕はもう一度キスをする。……ううん、違うね。一度だけじゃなくて、何度も、だ。  ほとんど無意識のうちに手を動かし、僕は子日君のネクタイに指を添えてしまう。するとすぐに、子日君は身を引いてしまった。 「先輩、駄目です。ここでは、駄目です」 「でも、シたい……っ」 「駄目です。アパートまで我慢してください」 「いつでも『イエス』って言ってくれたのに……」  シュンと、わざとらしく落ち込んで見せる。 「お願い、文一郎……」  そっと眉を寄せた子日君は、僕にツンとした言葉を放つ。 「──先輩、しっ。……我が儘は、めっ、ですよ」  ぐぬぬっ。悔しいけど、可愛い。可愛くて、可愛いぞ。 「……我慢、します」  などと言ってはみたものの、それでも我慢をし切れない僕は、堪らずムギュッと子日君を抱き締める。  それなのに子日君は、笑みを絡ませつつ「よろしい」と言うのだから。喜んでしまった僕はヤッパリ、いつまで経っても子日君に敵わないのだ。

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