155 / 250
続 3 : 13
僕を見つめたまま、子日君は口を開く。
「先輩がカッコ悪い奴だって、俺は知っています。情けないし、セクハラ三昧の最低な人だし、すぐにヤキモチを焼くし、弱虫なことも知っています」
「うっ」
「それなのに、先輩は顔に嘘を貼り付けて隠そうとした。全部知っている俺に隠す必要なんてないのに、です」
「返す言葉もありません……」
まるでご機嫌取りのように、子日君の頭を撫でる。今度は、両手でだ。
するとなぜか、ため息を吐かれてしまったではないか。
「それでも俺は、そんな先輩を選びました。だから、変に隠されると腹が立ちます。また嘘の笑顔を浮かべたりしたら、次は皮を剥ぎますからね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪は結構です。他にすることがあるでしょう」
ジッと、見つめられる。
「……好きだよ、文一郎」
「知っています」
頬に手を滑らせるのと、ほぼ同時。子日君は口を閉ざし、そして目も閉じた。
……ヤッパリ、子日君には敵わない。彼の優しさを知り、彼の優しさに憧れているくせに、結局は誰よりも彼の優しさに甘えている。
せめて、彼にとって心安らぐ相手でいたい。彼にとって、僕は。……僕だけ、が。
「──君の一番になりたいよ」
キスを落とし、そう囁く。
子日君は僕の言葉を受け止めた後、すぐに瞳を開いた。
「先輩って、本当に。……ドアホなお馬鹿さんですよね」
「えっ、なにそれ、酷いよっ」
「酷いのはそっちでしょう?」
またしても、子日君は拗ねたような顔を浮かべてしまったのだ。
「変わらないはずだった胸の鼓動を捧げて、頭の中を半数以上明け渡して、使う予定の無かった処女を捧げて、動くはずもなかった感情やら運命やらを全部明け渡したんですよ、俺は」
「子日君? なにを──」
「──それなのにこれ以上、いったいなにを捧げたら『子日君の一番は僕だ』って。そう、信じてくれるんですか?」
きゅっ、と。胸の奥が、締め付けられた。
だけど、それは痛くも悲しくもない。ほんの少しだけ切ない気もするけれど、それよりも断然甘い締め付けで。
「文一郎。目を、閉じて」
「……はい」
「ありがとう。……大好きだよ」
「ん、っ」
目を閉じてくれた子日君に、僕はもう一度キスをする。……ううん、違うね。一度だけじゃなくて、何度も、だ。
ほとんど無意識のうちに手を動かし、僕は子日君のネクタイに指を添えてしまう。するとすぐに、子日君は身を引いてしまった。
「先輩、駄目です。ここでは、駄目です」
「でも、シたい……っ」
「駄目です。アパートまで我慢してください」
「いつでも『イエス』って言ってくれたのに……」
シュンと、わざとらしく落ち込んで見せる。
「お願い、文一郎……」
そっと眉を寄せた子日君は、僕にツンとした言葉を放つ。
「──先輩、しっ。……我が儘は、めっ、ですよ」
ぐぬぬっ。悔しいけど、可愛い。可愛くて、可愛いぞ。
「……我慢、します」
などと言ってはみたものの、それでも我慢をし切れない僕は、堪らずムギュッと子日君を抱き締める。
それなのに子日君は、笑みを絡ませつつ「よろしい」と言うのだから。喜んでしまった僕はヤッパリ、いつまで経っても子日君に敵わないのだ。
ともだちにシェアしよう!