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続 4 : 4

 思わず、眉を寄せてしまう。  これは断じて、怒っているからではない。ただ、答えに詰まってしまったからだ。  ……いったい、なんと言えばいい? なんて説明すれば、幸三はいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべて『そっか~っ!』と言い、納得する?  先輩はきっと、恋愛関係の話題が苦手だ。それは話し相手が俺であったとしても、俺との交際関係についての話題であったとしても……たぶん、駄目だろう。  あの人は、どうしたって【他人から向けられる恋愛に関連する関心】が怖いはずだ。ここで幸三がこの件を先輩に伝えたら、きっと先輩は怯えてしまう。  幸三のキャラを考えると、先輩は『口外されるかも』と不安になってしまうかもしれない。そうなれば、憐れな疑心暗鬼の完成だ。そんな不安を、先輩には不必要に与えたくない。  だが、それを明け透けに幸三へ伝えたくはなかった。先輩が相手とかは関係なく、大前提に人のトラウマや弱点を他人へ無遠慮に共有するほど、俺は人でなしではないのだ。  おかげさまでなにも答えていない状態の俺を見て、幸三は眉を寄せた。 「ブンにとって、牛丸サンが【恥ずかしい人】だからか?」 「ちが……ッ!」  大声を出しそうになって、なんとか堪える。幸三ですら話題が話題なのだから配慮をしてくれたというのに、俺自身がぶち壊してどうする、馬鹿者。  俺は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、目の前に置いてあるうどんを睨んだ。 「いや、恥ずかしい人だけど……っ。悔い改めてほしいところは沢山あるし、正直『誰かあの口、縫ってくれないかな』とか時々考えるけど。駄目なところだって多種多様なバリエーションを揃えて多方面に備えている人だけど」 「この局面で素直すぎないか?」 「だけど。……でも、違うんだ」  思わず、箸を握る。 「あの人は、そういう余裕がない、から……ッ」  駄目だ、うまく言えないぞ。  トラウマの話は、したくない。先輩の弱いところを、俺の独断で誰かに晒したくはないのだ。相手が幸三であろうとなかろうと、これは駄目だから。 「頼む、幸三。これ以上は……っ」 「いや、あ~、うん。よく分かんないけど、とにかく【ワケあり】ってことな? なんか、聞き出そうとした感じになってごめんよ?」 「いや……」  幸三はカツ丼を頬張りながら、俺を見る。 「……たとえばだけどさ、ブン? 今後、オレ以外の奴が同じようにブンと牛丸サンの関係性について言及してきたとしてさ? それでも、ブンは『先輩には言わないで』って言って、頭を下げるのか?」 「そうだと、思う」 「黙ってもらうために、ブンが理不尽な要求をされたとしても?」 「そうすることで、先輩に言わないでくれるなら」  当然だ。付き合い始めたからと言って、俺の根底にあるのは当初と変わらない。  俺が、先輩を守る。先輩を守れるのならば、この身はいくらだって捧げる覚悟なのだから。  俺の返事を聴いて、幸三は手を止めた。……そして、それから。 「──正直、それはどうかと思うぞ」  実に幸三らしくないトーンで、実に幸三らしくない表情を浮かべたではないか。

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