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続 4 : 7

 先輩を振り返らずに、無視を選択。  あぁ、もう。なんだこれは、付き合いたてのバカップルか。死ね、俺が死ね。あぁ、馬鹿馬鹿しい。  幸三に対する失態を忘れたのか? いくら休憩時間が明けたばかりで周りがザワめいているとはいえ、これは良くない。……なにが良くないって、この状況でも胸をソワソワさせながら喜んでいる俺が、一等良くないのだ。  馬鹿げたメッセージを送った俺を呪え、この痴れ者が。しかし腹が立って、言葉も出てこない。子供のように『馬鹿。俺の馬鹿』としか、言葉が出てこないのだ。まったく、情けない。  ……先輩は、変わっている。そして俺も、随分と変わってしまったらしい。その変化を、俺は『嬉しい』と思うと同時に『悲しい』と思っているのだろうか。  もう、前までの俺には戻れない。先輩への気持ちを知ってしまった俺はもう、前までの俺には戻れないのだ。  ……けれど、いつか先輩が言っていたことだけは守り続ける。『悲しい』とは思っても、こうとだけは思わないのだ。  ──『間違っている』とは、思わない。思うはずが、ないのだ。  * * *  そして、終業時間後。夜になり、俺の部屋にて。 「それで、話ってなにかな?」  上機嫌そうに訊ねる先輩から、俺はなぜか抱き締められていた。  床に座った俺の後ろに、先輩が座っている。先輩はニコニコと笑いながら俺の返事を待っているが、俺を解放しようとは思っていない様子だ。 「あの、先輩?」 「なにかな?」 「俺が背後から抱き締められる必要は、果たしてあるのでしょうか?」  なぜだろう。さらに、ギュッとされてしまった。 「逃げられないために、かな?」  答えてから、先輩が俺の肩に額を乗せる。 「子日君は時々、逃げるでしょう? だから、逃げられないように」 「俺から『話がある』って言ったのに、逃げるわけがないでしょう」 「じゃあ、僕が逃げないように」  腕の力は、弱まらない。 「話って、なに?」  それなのになぜか、声は弱々しくなっている。……そこでようやく、先輩がこの言動をするに至った理由にピンときた。 「……まさかとは思いますけど、もしかして【別れ話】だと思っていませんか?」  返事は、ムギュッ。……オイ、腕に力を込めるな。すかさず俺はため息を吐いた。 「先輩が『子日君と別れないと僕は幸せになれない』って言うなら、別れますよ。だけど、それ以外の理由で──俺の意思で別れることは、ありえません」 「本当に?」 「なんでそういうところはネガティブなんですか。……昼に『好きです』って言ったでしょうが」  なんと滑稽な状況だろう。どうやら俺のせいで、不安にさせてしまったらしい。  先輩を守り、先輩を幸せにするために、俺は『幸三が俺たちの関係を知ってしまいました』と打ち明けようとしたのに。その前段階で不安にさせていては、まったくもって意味がない。  気を取り直し、俺は口を開く。 「そうじゃ、なくて。……そうではなくて、ですね……っ」  伝えると、決意をしたはずなのに。  抱き締められたことによって感じる体温を前に、俺は言葉を詰まらせていた。

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