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続 4 : 9
先輩は静かな声で、言葉を続けた。
「君がなにを思って、僕に伝えるか伝えないかを悩んでくれのか。その理由は、僕にも分かるよ。それは僕が、情けないからだ」
「そんな! 先輩は情けないわけじゃ──」
「うん、ありがとう。……だけどね。事実なんだよ」
背後から俺を抱き締めたまま、先輩は続ける。
「確かに僕はまだ、子日君以外からの好意は怖い。子日君以外の人と恋愛の話をするのも、苦手なままだよ。これが、僕の実情なんだ。まったく、情けないったらないよね」
「そんな……っ!」
違う。俺は、先輩にそんなことを言わせたかったわけじゃない。
俺はただ、先輩を──。
「──でも、大丈夫なんだよ」
開いた口が、先輩の声によって発するべき言葉を失くす。
「僕は、君が思っているよりも強いつもりだから。嘘とか見栄じゃなくて、これは冷静に自分を見つめた結果の、自己評価。だからこれは、君が嫌がるような類の仮面とかではないよ」
そう言って、先輩は笑った。
「──好きな子にばかり頑張ってもらう、なんて。そこまで情けない男に、僕はなったつもりはないからね」
ぐっ、と。堪らず、胸が詰まった。
不意に、心が呟く。『俺は本当に、牛丸章二を見ていたのか』と。
俺は先輩がトラウマを持っているという理由だけで、勝手にこの人を俺が用意した枠に押し込めていたのかもしれない。
──先輩は、弱い人。だから俺は守りたいし、俺が守らなくちゃいけない相手なのだ。……そんな、身勝手すぎる枠に。
ここにきてようやく、恥ずかしながら自覚する。俺は、いつから【守りたい】という愛情を【守らなくては】という使命感にはき違えていたのか。そう考えると、俺は俺が恥ずかしくてならなかった。
そして、それ以上に……。
「すみません、先輩。……決めつけて、しまって」
先輩に対して、申し訳ない気持ちになってしまった。
謝罪を口にした俺を見て、先輩はそれでも変わらずに笑っている。とても優しく笑っているのだ。
「ううん、気にしないで。君のそういう優しいところが、僕は好きだから」
「先輩……っ」
「それに、謝るのは僕の方だよ。……僕は君のそうした優しさに、ずっとずっと甘えていたから」
そんなこと、俺が疎むはずがない。俺はなによりも、先輩の幸せを願っているのだから。
チリチリと、胸が痛む。俺の胸がこんな痛みを生めるなんて、正直、驚愕だ。
「ありがとう、文一郎。僕のことを、守ろうとしてくれて」
呟いた先輩は、そのまま俺の後頭部に自身の額を当てた。そっと、寄り添うかのように。
「悩ませてしまって、ごめんね。僕はまだまだ、駄目な彼氏だ」
「先輩以上に俺が欲しがる人なんて、この世に一人としていません。だから、駄目でもいいんです」
「うん、ありがとう。そういうところも、大好きだよ」
だって、そうじゃないか。
こんな俺を『優しい』と言ってくれる、優しい人。そんなもの、世界中を探したって先輩だけだ。
独り善がりで、偽善まみれで、駄目な奴。……俺にこそ、その汚名は相応しいのだから。
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