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続 4 : 10

 それでもきっと、守ろうとしているだけでは駄目だ。  先輩のトラウマを、克服させる。そのために俺が、できること。……もっと、そっち方面に頭を働かせなくては。  どこかで俺は、酷く保守的な男になっていたのかもしれない。先輩が笑っているのなら、それでいいのではと。  ……違う、か。本当は、俺は──。 「それじゃあせっかくだし、ひとつ【お願い】をしてもいいかな?」  俺を抱き締めたままの先輩が、静かな声でそう言う。  いったい、なにを求めているのだろう。もしかして、トラウマ克服に関するレッスン的なものだろうか。俺は先輩を振り返る。 「なんでしょうか?」  ──すると、突然。 「──君から、触られたい」  先輩が、俺の手を握った。  思わずビクリと、体を強張らせてしまう。 「……俺、から? 今、こうして先輩が俺を抱き締めて、手も握ったのに……それなのに、ですか?」 「うん、そう。君から、僕に。君の意思で、僕に触れてほしい」  ヤバい、と。脳裏にそんな単純すぎる言葉が、ピリッと奔る。  だってそんなの、よろしくない。先輩の【お願い】を投げられた俺は今、指先が冷えてしまいそうなほど驚いているのだから。 「そ、れは……っ」  俺は『自分が保守的な男だ』と、またしても思ってしまう。  先輩を守りたくて、先輩を守っている気になって、いつだって先輩を第一にしているつもりでいて……。実際のところ、俺の本心はなんなのだろう。  ──本当はいつだって、俺は第一に【俺が傷付くこと】に怯えていたんじゃないか、なんて。……そんなこと、気付きたくはなかったのに。  いつも、怖かった。俺から先輩に触れることで、先輩が怯えてしまうのではないかと。それは当然『先輩を傷つけたくない』という気持ちだってあるけれど、それとは別に、もうひとつ。  ……嫌じゃ、ないか。好きな人に、触れただけで怯えられてしまうなんて。  だから俺は、こうして回された腕に触れることすらできない。せっかく握ってくれたこの手を、握り返すことすらできていないのだ。  先輩を、守りたい。そして傷つけたくないと思うのも、本心だ。  だけどそれと同じくらい、俺は俺を守りたかったのかもしれない。……先輩の【お願い】をひとつ返事で了承できていないのが、なによりの証拠だ。  守りたい、守ってやる。そう言い続けていたくせに、結局のところ一番可愛いのは自分自身だって? ふざけるな、馬鹿者め。今なら、やったことはないがラップでディスッてやろうか、俺自身をな。  俺から、先輩に触れられない。俺の意思で、先輩に触れようとしていないと。……そう、先輩は気付いていたのだ。 「先輩、違います。俺はただ、先輩を……っ」 「大丈夫。分かっているよ」  先輩は依然として、俺の手を握っている。……握り返すことすらできていない、俺の手を。 「君は、僕を心配してくれている。……そうだよね?」  違う。本当は、全然まったく違うのだ。  本当はただ、俺自身が臆病者なだけ。『先輩を傷つけたくない』なんて、結局はそれらしい方便にすぎない。  本当はずっと、拒絶されることが怖かった。『先輩を守りたい』なんて言いながら、本心では【先輩が俺すらもを恐れること】が。ただそれだけが怖くて、不安で、嫌で……。 「僕はね、文一郎。君からなら、なんだって平気なんだよ。君から手を握られたって、腕を引かれたって、抱き締められたって」 「せん、ぱ……っ」 「初めて君から、事務所でキスをされたあの日から。君だけは、大丈夫なんだよ」  だから、と。先輩は、続けない。  ここから先は、先輩ではなく俺の番だからだ。

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