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続 4 : 12 微*
いい加減、俺は本気で先輩を怒った方が良いのだろうか。……そんなことを、俺は割とマジの本気で考えていた。
キスを贈り合って、すぐ。先輩の左手が、モゾモゾと動き始めたのだ。
それは先輩が自分の右手首を握るためではなく、どこまでいっても邪な理由での蠕動だ。
なぜなら、下心がないのならば先輩の左手が俺のワイシャツのボタンを外す必要はないのだから。
「ちょっと、先輩。また、床で……っ」
片手を使って器用にボタンを外す先輩から、顔を背ける。キスを終了させて、文句を言うためだ。
先輩は俺の首筋に鼻を擦りつけながら、ブツブツと不愉快極まりないことを言い始める。
「ここまでくると、床でばかり僕を発情させる君が悪い気がしてきた」
「冤罪にもほどがあるじゃないですか」
トンと、肘で先輩を小突く。すると先輩が、背後で楽しそうに笑った。
「今の、ちょっと嬉しいな。君から触れてもらえるのが、僕は嬉しくて堪らないみたい」
「小突くくらいなら、今までだって何度かしてきたでしょうが」
「そうだけど、そうじゃなくて。……まったくもう。恋人同士の触れ合いって意味だよ、鈍感さん」
「左手で胸をまさぐりながら言わないでください、ドスケベさん」
「乳首、つねっていい?」
「……そういうの、訊かれるの嫌なんですってば」
駄目だ。この男、俺を抱くことしか考えていないぞ。
先輩の左手が、俺の胸をまさぐる。そのまま乳首を指先で掠めると、すぐに先輩は俺の乳首をキュッと、指でつまんだ。
「ん、っ」
思わず、先輩の右手を握る手に力が籠る。
「あ、ん……ッ」
「文一郎って、本当に胸を触られるのが好きなんだね。可愛い」
「うる、さい……っ。そう言うアンタだって、俺の胸を触るのが好きなんじゃないですか……ッ」
「うん、好き」
「即答は腹立たしい……ッ」
先輩は俺の胸を指でつまんだまま、グッと距離を詰めてきた。……クソッ、この男め。俺に凶器を押し付けてきやがった。
「どうしようかな。両手が塞がっていると、これ以上のことができないや」
「俺の胸と手から、手を放せばいいじゃないですか」
「そうだね、そうしようか」
失言だった、と。気付いたところで、後の祭り。
「わっ!」
先輩は俺から手を放すと、素早く行動を始めた。
先ず、俺の体をグルリと反転。先輩と向き合うことになった俺は、驚いて声を出す。
だが、先輩の目的は向き合うことではなかったらしい。先輩はすぐに背を倒すと、そのまま仰向けの姿勢で床に寝そべったのだ。
「お願い、文一郎。今日は、君に跨られたいな」
「な……ッ!」
「手を握るのも、騎乗位をするのも。そう差はないでしょ?」
──あるに決まってんだろ、この色情魔!
……などと。いつもの俺なら、言っていただろう。手を握り、キスを贈った実績もあるのだ。言葉だけではなく、パワーアップした俺ならば平手打ちの百連発でもお見舞いしていたに違いない。
だが、生憎と先輩は【TPO】というやつを配慮してしまった。度の越えたセクハラを、先輩は【二人きりの空間で】言ってきたのだ。
ならば、俺はと言うと……。
「──き、今日だけ、ですからね……っ」
先輩が相手なら、枕はいつだって『イエス』。
『ノー』が天を仰ぐのは、周りに人がいるときだけなのだ。
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