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続 4.5 : 3
オレよりもメチャメチャに背が高い兎田サンを見上げながら、オレはプルプルと震える。
「こっ、ここっ、こんにちはっ! 営業部の竹虎です」
「あぁ。ウシの後任だな」
「きょっ、今日っ、今日もっ。商品のササッ、サンプルをッ」
「言いたいことはハッキリ言えっつの。どもりすぎてなにが言いてぇのか分かんねぇだろ」
どもりつつ、尚且つ声を裏返しつつ。オレが手を伸ばすと、兎田サンはすぐに商品のサンプルを手渡してくれた。どうやら、オレが来るとなんとなく分かってくれていたらしい。これはありがたい、ありがたい。
サンプルを受け取ったのならば、残すは退散のみ。オレはペコペコと頭を下げて、そのまま兎田サンのもとから去って──。
「なんだ。今度はテメェの方かよ」
……去ろうとしたのだが、よく分からない言葉を投げられてしまった。
いつもの兎田サンならば、サンプルの受け渡しが終わればそれで交流終了。なにも言わずに仮眠室やら事務所へ戻り、オレとは必要最低限も喋ってくれないのだ。
だというのに、今日は違う。兎田サンはオレを見下ろしたまま、会話終了以上話題未満の言葉を投げてきた。
「へっ? な、なにがですかっ?」
これにはさすがのオレ、幸三君もハテナマークだ。いや、この人のことを理解できた試しなんてないけども。ないけども、それでも今日のハテナマークは異常なほどのハテナマークだ。
困惑するオレを見下ろしたまま、兎田サンがオレに手を伸ばす。
「ヒデェ面」
言うと同時に、兎田サンはオレの頬をむにっとつまんできた。……もとい、割と強い力でつねってきたのだ。さすがにその指の力だと、痛い。
兎田サンはオレの顔をジッと見つめて、なぜか口角を上げている。少女マンガならばときめく展開ではあるが、生憎とオレたちは男同士。胸が高鳴ってはいるが、これは不整脈的なアレだ。端的に言うと、怖いです。
「失恋でもしたみてぇな顔だな、ウシの後任」
「ひょえっ」
なんでこの人、オレがこの前【三股の末、全員から手酷く振られた】と知っているのだろう。エスパーか?
などと驚くこと、ほんの数秒──。
「──相手はネズミ野郎か?」
「──ブゥウーッ!」
突如ぶん投げられた言葉の剛速球により、オレの心は大ダメージ。目の前にある兎田サンの顔に、オレは盛大にツバを吐いてしまった。
「アァーッ! スッ、ススッ、スミマセンッ! ごめんなさいッ、イヤだ殺さないでーッ!」
「うるせぇ殺すぞ」
「ウワァーンッ!」
謝罪と共に逃亡を図るも、あえなく失敗。走り出そうとしたオレの首根っこは、兎田サンに掴まれたのだった。
ヤバい! これはさすがにデッドエンド不可避! 未来が視える携帯さえあれば、このデッドエンドを回避できたかもしれないのにーッ!
……って、あっ、ちょっと? もしかしてこの人、オレのシャツで顔を拭いてないか? ウソだろっ、そんなことしちゃうっ?
「もうおムコに行けない……っ」
「ネズミ野郎のか?」
「ギャアァーッ!」
慌てて首を左右に振り乱し、オレは兎田サンの言葉を必死にシャットアウトしようとした。……その間も兎田サンは、オレのシャツで顔を拭いていたが。
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