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続 4.5 : 5
黙ってみても、兎田サンはオレを離さない。首根っこは未だに掴まれ、オレの逃亡劇は始まりそうにない。
「……オレ、なにも言いませんよ」
「それなら俺様は、テメェを一生解放できねぇな」
なんでだよ、離せよ。と言うか、オレはサンプルを持って事務所に戻って、それから営業に行かなくちゃいけないんだぞ! オレを『パートナー』って言ったんだから、そのくらいの配慮はくれよ! ウソですくださいお願いします!
なんて。怒りやら悲しみやら焦りやらで頭がいっぱいだったが、オレは妙な静寂によって冷静さのようなものを取り戻したのか。唐突に、気付いてしまった。
「……なんで、そう思ったんですか。オレが、本調子じゃないって」
誰に気付かれたとしても、少なくとも兎田サンには分かるはずがない。それなのに、他の誰でもない兎田サンはオレの顔色がいつもとは違うと気付いた。
これは一種の自慢だが、オレは【オレの本心】というものを、誰かにバレたことがないのだ。それは両親だってそうだし、友達や彼女もそう。親友のブンだってそうだし、勘の良さそうな牛丸サンだってそうだった。
それなのに、どうして兎田サンに分かったのか。それが不思議で、仕方がない。
「そもそも兎田サン、オレの顔とかちゃんと覚えてます?」
「憶えてなかったらテメェを認識してる現状をどう説明すんだよ」
「それもそうですねぇ~……」
ビックリだ。【ビックリ】を漢字で書けると知った時並みに、ビックリな展開だった。
しかし、だ。それはただの言いがかりかもしれないし、思いついたから言ってみただけというただのザレゴトかもしれない。たまたまそれがオレの実情と一致しただけで、兎田サンからすると深い意味はなかったのかもしれなかった。
そう思うと、胸の奥がひんやりと冷めていく。なんとも、不思議な感覚だった。
「ザンネンですが、兎田サンの指摘は大間違いッスよ。オレは普段通りの、元気で美形でイケてる幸三クンです」
「……誰の話だ?」
「マジレスは勘弁ッ!」
さっきまで一緒にメシを食っていたブンが気付いていないのだ。ヤッパリ、兎田サンの指摘はテキトーだったに違いない。
……だが。
「テメェとウシがスイッチして、確か半年くらいだよな」
「……? そう、ですね?」
「あれからずっと、なんでか俺様のところにサンプルを取りに来るのはテメェになった。交代制でもなんでもなく、ウシの役目をそのまま引き継いでの、テメェだ」
「それもそうですけど、それがなにか?」
テキトーな、ザレゴトのはずなのに……。
「──それだけ関わってたんなら、顔を見れば分かるだろ。テメェが、なにを考えているのかくらい」
兎田サンの返事は撃ち放たれた弾丸のように、オレの心に僅かばかりの隙間を作ってしまった。
いつも、オレの顔を見てなんかいないはずなのに。サンプルを渡したらサッサと背を向けたり横を通り抜けたりするくせに、なにを言っているんだろう。
……分かるはずなんか、ないのに。
「──オレの、なにが分かるって言うんですか……ッ」
顔を見て、考えていることが分かる。少し話しただけで、相手の気持ちが分かるなんて。……そんなものは【特別】を抱く相手にしか発動しない、不思議な魔法だ。
オレにも、人間嫌いの兎田サンにも。その魔法は、使えやしないのだ。
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