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続 4.5 : 8

 ホーフク、ゼットウ。オレの人生、かつてここまで爆笑中の爆笑をかました男がいただろうか。  ゲラゲラと笑い続ける兎田サンを振り返りつつ、オレはハテナマークを浮かべまくった。  するとようやく、笑いの渦が落ち着いたのだろう。兎田サンは肩で息をしつつ、オレの体を上下に軽く揺らし始めた。 「はぁっ、笑った笑った。……で? テメェ、名前はなんつったっけ?」 「竹虎、幸三ッス……」 「ユキミツな。憶えた」  あっ、覚えてくださったのですね? ありがとーございまーす。……いや、なんでこのタイミングで? 「ヤッパ、面白れぇなぁ。……あぁ、そうだ。ヤッパリ、俺様はウシが……」  戸惑うオレは、完全にムシ。背後でブツブツと、兎田サンがなにかを呟いている。首根っこを掴まれていて距離が近い状態ではあるけども、よくは聞こえなかった。  だけど、確かに聞こえた単語。オレは兎田サンを振り返って、感じたことを口にした。 「──もしかして、兎田サンこそ牛丸サンに失恋したんじゃ……っ?」  一瞬、確かに兎田サンは『ウシ』と言ったのだ。懐かしむような、焦がれるような……どこか、悲しいような声で。  兎田サンがどうして、そんな寂しい声で牛丸サンの愛称を呟いたのか。その理由が、オレには分かりそうにもない。……分かってほしくも、ないのかもしれなかった。  だけどオレは、聞こえてしまったから。漏れ出た兎田サンの声から、暗い感情をほんの少しだけだとしてもキャッチしてしまったのならば……。 「まさか、自分と同じようにオレが失恋したと思って……仲間意識から、オレを慰めようとしてくれたとか。そういう話、ですか?」  オレの勘違いでなければ、本当に慰められるべきは、オレじゃない。親友を一瞬でも妬んでしまった浅ましいオレはそもそも、慰められるべき相手ではないしな。  だからオレじゃなくて、真に慰められるべき相手は……。  後ろを振り返り、オレよりメチャメチャに背が高い兎田サンの頭に向けて、なんとか手を伸ばす。ようやく手が届いた時に、オレは日本人に共通しているであろう魔法の言葉を唱えてみた。 「えっと、そのぉ。……兎田サンの、い、痛いの痛いの。とっ、飛んでいけ~っ。……なっ、なんちゃって。へへっ、へへへっ」  そうすると不意に、掴まれていた襟からようやく兎田サンの手が放されたらしい。完全に上への引力に頼り切っていたオレは、その場でドシンと尻もちをついてしまったのだから。 「いったァッ! ちょっ、掴むのも急なら放すのも急ってメッチャ危ないじゃないですかッ! ケツが割れて倍になったらどう責任を──」 「──ユキミツ」  名前を呼ばれたオレは、反射的に兎田サンを振り返る。ケンカ腰で『なんですか!』くらい言いたかったのだが、不思議とそれは言えなくて。  なぜなら、これまた不意に。 「──へっ?」  兎田サンの顔が、なんでかオレの顔に近付いて。  ──ふにっと。なんか、ほら。そういう感じの感触が、オレの。……オレの、くっ、くくっ、くっ、くちび……ッ! 「憶えとけ、ユキミツ。俺様は苗字を呼ばれるのが嫌いなんだよ」  それだけ言い残した兎田サンは、すぐに踵を返した。仮眠室へゲットホームしたらしい。あっ、はい、サヨーナラー?  ……。……へっ?  ──んんんっ?

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