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続 5 : 8
しばらくの、間。
それは予想外過ぎる発言で、僕の頭は現状を理解できず──理解を放棄してしまい、一瞬だけフリーズしてしまった。
だけど、それはそれ。理解をしてしまえば、なんてことはない。
「あははっ! さすがにそれが僕を虐めるための嘘だってことは分かるよ、主任君っ!」
僕はすぐに、カラッとした笑みを浮かべてしまった。
いやいや、だってさ? それはありえないでしょ、さすがに? 皆は知らないかもしれないけど、兎田君って入社式の日に『にやけ面が腹立つ』って言って僕を蹴り飛ばした人なんだよ? そんな兎田君が僕を好きとか、どう考えてもあり得ないよね?
子日君とのお付き合いにより、僕は【ツンデレ】という属性に理解がある方だ。兎田君の発言がツンからのデレではなく、純然たる嫌がらせだとは重々承知。
だからこそ僕は、手をフリフリと動かしながら兎田君の嫌がらせを笑い飛ばす。……ほら、どう? こうして嘘とは言え告白をされても平気なんだから、ヤッパリ僕はトラウマを克服できているよね?
「冗談、か。まぁ、そう思われても当然だろうな。俺様は今までずっと、テメェを憂さ晴らしのサンドバッグにしていたわけだしな」
「でしょ? 自分で言うのも悲しくなるけど、君が僕を好きになるなんて天地がひっくり返ってもありえ──」
だけど、今日の兎田君はいつもよりネチネチとしていたようで……。
「──だけどよ、ウシ。ならなんで、人間嫌いの俺様がテメェの名前だけ憶えてたと思う?」
そんな、こと。当然、それは……。
……そんなこと、分かるわけがない。僕は、兎田君ではないのだから。
「ウシマル、アキツグ。俺様はテメェの名前を、ちゃんと憶えてる。そこに『ウシ』って愛称まで付けた。他の同期はおろか、上司も部下の名前も覚えていない俺様が、テメェにだけは違った。……それは、なんでだ?」
「そ、れは。……き、気まぐれ、でしょ? ほらっ、あれだよっ。お気に入りの道具に名前を付けるみたいな、そういうあれ! 僕というサンドバッグに、主任君は名前を──」
「──ここまで言っても、テメェは俺様の言葉を信じてくんねぇのな」
……あ、れ? なんで兎田君は、僕のことをジッと見つめているのだろう。
いつも、僕を睨むか嘲笑うだけの兎田君が。今はジッと、熱い目で僕を見ている……気が、する。
まさか、本当に? 自意識過剰でもない限り出てこないはずの疑惑が、モヤモヤと胸の中に生まれ始める。
「それは……嘘、だよ。嘘でしょ、兎田君……っ?」
「嘘かどうか、試してみるか?」
「そ、んな……っ。じょ、だん……っ」
こんなのは、おかしい。兎田君が僕を好きなんて、あり得るはずがないのだから。
僕を蹴り飛ばして、憂さ晴らしによく弄んで、誰よりも雑に扱ってきて……。そんな兎田君が、僕のことを?
こんなのは、違う。こんな、のは……ッ。
……どう、しよう、
──い、やだ。
「冗談、でしょ? だって、兎田君は……っ」
「逃げんなよ、ウシ。じゃねぇと、テメェの言葉を信じた俺様が惨めで堪らねぇだろ」
「兎田君……っ」
こんなもの、僕は、僕は……ッ。
「──『嘘だ』って、言ってよ……っ」
嘘じゃなくては、駄目だ。だって、そうじゃないと。
……そうじゃないと、僕は……ッ。
──怖い。
──【他人からの好意】が、怖くて堪らないのだ。
僕は無意識のうちに、右手首を左手で強く握る。
どうして、僕が【無意識】の行動に気付けたのか。それは、兎田君の視線のおかげだ。
「……くっ、くくっ。くっはははッ!」
……右手首を掴んだ僕を見る兎田君の視線の、せいだった。
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