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続 5 : 15
怖くて、怖くて。怖くて怖くて、堪らない。
右手首が【自分以外のなにか】に、包まれている。しっかりと握られ、そのまま僕の自由を奪っているのだ。
「やめてッ! お願いッ、放してッ!」
「……ッ!」
「嫌だッ、嫌だやめてッ! 放してよッ! ……ッ、放せってばッ!」
目の前にいるのが、誰なのか。それすらも上手に見えなくなって、頭の中だけじゃなくて視界もグラグラと揺れて。
「俺は──」
「──うわァアッ!」
僕は自由が残されている左手で、僕の右手首を掴む相手を突き飛ばす。……それなのに、右手首は解放されなかった。……むしろ、力は強まったのだ。
怖い、嫌だ、怖い。どうしてこの人は、僕のことを放っておいてくれないのだろう。どうしてこの人は、僕の右手首を掴むのだろうか。
そうだ、そうだ。きっと、この人は【あの人】に違いない。そうに決まっている、そうだ、そうなのだ。そうであるのなら、ここで強く突き放さないと【あの人】はまた【あんな事件】を起こすだろう。
だから、だったら、ならば! 僕がするのは【あの人】と僕にとって必要な正当防衛に決まっている!
「放せって言ってるのが分からないのッ! 僕は【君】のことが──」
刹那──。
「──章二さん。俺の声、聞こえますか」
──優しい声が、僕を呼んだ。
慈愛と言えば、こんな声。そう思えるほど優しい声を出している相手が、僕の右手首を力強く握っているなんて……。チグハグなふたつの現実を受けて、僕の視界は徐々に正常な世界を映し始めた。
「……あ、ぁ……っ」
「良かった。俺の声、聞こえているみたいですね」
左手に残る、違和感。それは、僕の右手首を掴む相手を突き飛ばそうとした際の、鈍痛。
──子日君を突き飛ばした、痛みだ。
ようやく、相手を認識して。ようやく我を取り戻した僕は、ボロボロと大粒の涙をこぼしてしまった。
……どう、して。どうして僕は、子日君を……っ。何度も首を横に振り、僕はなんとか対話で現状を打破しようと切り替える。
「だめ、だよ……っ。お願い、駄目だ……っ。手を、手を放して……っ」
「それこそ、駄目です。お願いですから、目を逸らさないでください。俺を、見てください」
「いや、だ……っ。嫌だよ、いやだ……っ。僕は、君を……っ」
──子日君を、怖がりたくなんかない。
──子日君を、傷つけたくないのに。
首を左右に何度も振るけれど、子日君は手を放してくれない。むしろ僕を逃がすつもりもなければ解放するつもりもないと言いたげに、距離を詰めてきたくらいだ。
僕が怯えているのは、子日君ではないのに。ただ、僕は【なにか】に右手首を掴まれるのが堪らなく怖いだけなのに、このままでは……ッ。
──僕が怖いのは、相手が【子日君だから】じゃ、ないのに。
このままでは、子日君を傷つけてしまう。僕が【子日君に怯えている】と、子日君に誤解させてしまうかもしれない。
「お願い、だから……っ。お願いだから、今すぐ手を──」
僕がそう、懇願するのと同時に。
「──いいから俺を見ろッ、牛丸章二ッ!」
「──ッ!」
子日君がそう怒鳴ったのは、同時だった。
右手首は引かれ、そのまま子日君の胸に当てさせられる。平たい胸にドンと右手がぶつかったことにより、目の前にいる相手が【あの人ではない】と、強引に理解させられたような心地になった。
「よく見ろッ、牛丸章二ッ! アンタの右手首を握っているのは誰だッ! 言ってみろッ!」
「そ、れは──」
「目を逸らすなッ! ハッキリ、自信を持って俺の名前を呼んでみろよッ!」
逸らしかけた目を、隣に座る男の子へ向ける。
目の前に、いる子。僕の右手首を掴んでいる子は……っ。
「……子日、くん……っ。子日、文一郎君……っ」
「ソイツとアンタの関係性はなんだッ! 答えろッ!」
「こっ、恋人……っ」
「なら、アンタの恋人は【アンタ】に危害を加えるような奴なのかッ!」
「ッ!」
「答えろッ、牛丸章二ッ!」
そんなもの、愚問だ。決まり切っている問い掛けじゃないか。
──それなのにどうして、僕はそんなことを他の誰でもない君に、言わせてしまっているのだろう……っ。
「──君は、僕を傷つけたりしない……っ。絶対に、僕を傷つけないよ……っ! だ、から。……だから、君が好きだよ……ッ!」
答えなんて、分かり切っている。
それでも君が問い掛けたから、僕は。……僕は、他の誰でもない君に答えるよ。
……君が、好きだから。
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