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続 5 : 16

 涙が、止まらない。  それは、右手首を握られて恐ろしいからなのか。 「弱くて、ごめん……っ。強くなれなくて、ごめん。ごめん、子日君……っ。ごめん、ごめんね。ごめんね、文一郎……ッ」  涙が、止まらない。  それは……なによりも大切な子日君を、傷つけてしまったからなのかもしれない。 「突き飛ばして、ごめん……っ。痛い思いをさせて、心も傷つけて……ごめん、ごめん……ごめ、ん、ごめんね……っ」  俯いて、目を閉じる。それでもボタボタと涙は溢れて、僕の膝を濡らしていく。 「君を、傷つけたくないのに……っ。いつも、いつもこうして……僕は、君を……ッ」  情けなくて、惨めで……なによりも、愚かしかった。  愛しい人の笑顔ひとつも、守れない。叫んで、拒絶して、突き飛ばして……。こんな男が、いったい誰を幸せにできると言うのだろう。 「君のことが好きなのに、それなのに……本当に、ごめん……ッ」  優しくて、温かい人。僕は隣に座る子日君をすぐに抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。  ……ヤッパリ、駄目なんだ。僕なんかじゃ、子日君を幸せにできるはずがない。 「弱い僕じゃ、君を傷つけてしまう。……こんな、弱いままの僕じゃ──」  こんな男に、誰よりも優しい彼は不釣り合いで──。 「──馬鹿なこと言わないでくださいよ。……アンタは、十分強いでしょうが」  ……不意に、ストン、と。 「──だって【好意】が怖いのに、誰よりも深い【それ】をアンタに対して持っている俺を、こうして腕の中に入れてるんだから」  子日君の言葉を受けて、なにかが落ちてきたような気がして。 「だから俺は、アンタを抱き締められる。臆病者な俺が、こうして抱き締め返せるのは……章二さん。アンタが【強い】からだ」  すぐに、子日君の腕が僕の背に回された。  じんわりと、温もりが広がっていく。なによりも深い【愛】が、僕の体を包み込んだのだ。  僕のことを、甘やかしている。……わけでは、ない。これは子日君から向けられた、子日君が持つ僕への評価だ。  どちらからともなく抱擁を解いて、どちらからともなく相手の目を見つめる。 「俺のこと、怖くないんでしょう? それなら、アンタはトラウマを克服できているはずなんだよ」 「……っ」 「ほら。俺は今、アンタの右手首をつついた。だけど、今のアンタはほんの少し息を呑んだだけ。叫ばないし、暴れないし、泣き出さない。……さっきよりも、少し前進だ」  そう言いながら、子日君は僕の右手首を撫でた。 「……ほら、ね? 掴んでも、もう平気みたいだ」 「子日君……っ」  さっきとは違い、優しい手つきで。子日君は優しく包み込むように、僕の右手首を握った。 「だから、大丈夫。アンタは、大丈夫なんですよ」  右手首を引いて、子日君は僕の手の甲にキスを落とす。 「どれだけ辛くても、怖くても、怯えても。それでも俺を『嫌い』と言わず、あまつさえ【俺のために】身を引こうとした。そんな優しい章二さんだから、俺は好きなんですよ」  右手首を掴まれて、名前を呼ばれて、好意も告げられて……。それは全て、彼女が僕にしたことと似ているのに。  ……どうして、こんなにも温かい気持ちになるのか。再度、涙を溢れさせてしまった僕には、うまく説明できそうになかった。

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