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続 5 : 17

 ようやく、涙が止まった頃。 「はい、先輩。コーヒーです」  応接セットのソファに座り続ける僕に、子日君がコーヒーを用意してくれたらしい。  お礼を言ってからマグカップを受け取ると、子日君は僕の隣に座ってくれた。……正面ではなく、隣に。  子日君は自分で用意した自分用のコーヒーを啜りつつ、ポツリと呟く。 「……さっき、不覚にもグサッときました」  ドキッと、胸が一度だけ嫌な音を鳴らす。なぜなら、子日君を傷つけた言動に心当たりしかないからだ。  僕はマグカップの温かさを感じながら、俯く。 「……なに、が?」 「先輩に『放っておいて』と言われたことですよ」  やはり、僕の発言だ。しかも、かなり序盤の。 「ごめん、子日君。最低な八つ当たりで、僕は君を傷つけた……ッ」 「あぁ、いや。いいえ、違うんですよ。……俺、先輩の言葉には傷つかなかったんです」 「……えっ?」  顔を上げるも、子日君とは目が合わない。……子日君はマグカップの中で湯気を立てているコーヒーを、ジッと見つめているから。 「俺、気付いていなかったんです。……いえ、分かってはいたつもりなのですが、予想以上と言いますか。とにかく、ショックを受けたんですよ」 「だからそれは、僕が君を怒鳴ったからじゃ……?」 「違いますよ。……俺は、俺が先輩に向けている【関心の強さ】に、ショックを受けたんです」  子日君はマグカップを応接セットのテーブルに置きつつ、言葉を続ける。 「先輩のことが、気になって仕方がない。先輩のことはなんでも知りたいですし、先輩が抱える困り事や悩み事は全部、俺に共有してほしい。自分が思っていた以上に、俺は先輩のことが好きで……先輩の全部、気になって仕方がないんです」  顔を上げた子日君は、ジッと僕のことを見つめた。  それから、すぐに……。 「──困っちゃいましたね。先輩より、俺の方がヤンデレの素質がありそうですよ?」  ニコッと、子日君は照れ笑いを浮かべた。  その笑顔は、全く『困っている』といった印象が感じ取れなくて。ましてや、僕を元気づけるための愛想笑いでもなさそうで。 「だけど俺、凄く幸せなんです。人を好きになって、自分以外の人のことを考えるのって……凄く、毎日が充実しますね。『いいものだな』って、心から思えます」 「……っ」 「だから、ショックではあったのですが。……同時に、嬉しかった。こんなに素敵な気持ちを教えてくれた先輩に、俺は感謝しています」  無邪気。その一言が、一番……しっくりと、くる。 「──なので、ありがとうございます、先輩。俺に、アンタを好きにならせてくれて」  ──子日君は、僕のことを好きになって……幸せ、なんだ。  あんな目に遭って、僕に傷つけられたはずなのに。子日君は、僕が『兎田君となにがあった』とか、そういう話を共有したことに、喜んでいる。 「子日君……っ」  その優しさと、可愛らしさと。……愛おしさにまた、涙が出そうになって。  さすがに、これ以上泣くのはみっともない。僕はコーヒーの苦みで気を紛らわせようと、マグカップに口を付けた。  ……付けた、のだが。 「──うっ! あっ、甘いっ!」  僕のコーヒーの好みを知っているはずの子日君が、まさか普段の僕が確実に飲まない砂糖モリモリのコーヒーを用意したなんて……っ! 僕は堪らず、吹き出しそうになってしまう。  そんな僕を見て、子日君はまたしても無邪気に笑った。 「あははっ、引っかかりましたねっ? 俺からの甘ぁ~い気持ちですよ、先輩っ?」 「うっ、嘘だっ! 絶対にさっきの仕返しだよねっ? 嫌がらせだよねっ?」 「あっはは!」  ……嗚呼、困っちゃうよ。  僕は全然、凄い奴でもなんでもないのに。君を幸せにできるかなんて、君ですら不安に思ってしまうような男なのに、困っちゃったな。  ──こんなに優しくて、可愛い君を手放すなんて。もう絶対に、してあげられそうにないんだもの。  ……なんて言ったら、すぐに僕はヤンデレ扱いを受けるだろう。だから僕は、込み上げてくる甘い気持ちを、甘ったるいコーヒーで流し込んだ。

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