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続 5 : 18
翌日の、終業後。
薄暗い部屋で僕は、一人の青年と……。
「兎田君。君に、言いたいことがある」
僕が手渡したミルクティーを見上げる兎田君と、対峙していた。
まさか連日、僕が兎田君専用の仮眠室を訪れるとは思っていなかったのだろう。兎田君はほんの少しだけ驚いたような様子で、僕を見ていた。
だけどすぐに、兎田君はミルクティーを受け取りつつ、鼻で笑い始める。
「はっ。なんだよ、ウシ。この間の続きか? わざわざ求められてもいねぇ喜劇の再演をしてくれるとは、おかしな演者だなぁ?」
「そう、だね。この間の続きだよ」
肯定すると同時に、僕は兎田君の隣に腰を下ろす。
「だけど、千秋楽だ」
そのまますぐに、僕は本題へと入った。
「君が言う通り、僕は弱い。自分の力量を決めつけて、それを大きくしようとしたり、広げたりしようとしていなかった。……むしろ、誰かが勝手に、どうにかしてくれるとさえ思っていたのかもしれない」
「へぇ」
「僕は【傷付くこと】を誰よりも恐れて、八方美人でいて、結果として最悪の事態を引き起こして……そして、こうなった。これは全部、僕自身が引き起こした結末なのに、だよ」
「そうだな」
ペットボトルのキャップを開けて、ミルクティーを飲む。それでも昨日とは違い、兎田君の顔は僕に向けられていた。
だから僕は、目を逸らさない。……もう、逃げるつもりも怯えるつもりもないからだ。
「だけど。……だからこそ、僕はもう、受け身で保守的な男でいることをやめるよ」
僕も兎田君に続き、ペットボトルのキャップを開ける。……昨日飲み損ねた、ミルクティーだ。
「君のように自分本位で生きるのは、正直に言うと正しいとは思えない。だけどこのまま他人にばかりなにかを期待し続けたり、他人ばかりを責めたりすることも正しいとは思えない。だから僕は、もう少しだけ自分を強くする。周りの言葉を受け止めて、周りに言葉を伝えて……そういう【人との関わり】を大事にしたい」
ぐっ、と。一口だけ、ミルクティーを飲む。
ほんのりと甘くなった口を開き、僕は真っ直ぐと兎田君を見つめた。
「──僕が本当に怖いのは、きっと【人】だから。僕は【人】をもっと愛したいし、信じたい。……【人】に関心を持てなかった文一郎が、僕にそうしてくれたように」
僕の宣言はきっと、わざわざ兎田君に伝えるようなことではないのかもしれない。……だけど、念のため補足。僕はこの後、きちんと子日君にも同じことを伝えるつもりだよ。
それでも、最初の相手に兎田君を選んだ理由は……。……言ったらたぶん、兎田君は怒るだろうなぁ。
グビグビとミルクティーを飲む兎田君の目は、普段通り冷たい。きっとなにからなにまで、不服なのだろう。
中でも、特に不快だったこと。それを、兎田君は訊ねる。
「で? サラッと俺様を否定して、大前提に演説の序盤で俺様の名前をあえて呼んだことについての弁明はねぇのか?」
「ないよ。僕は友達を肩書きで呼びたくはないし、友達の悪いところをそのまま放っておくような薄情な真似もしたくないからね」
「あっそ。随分と自分本位なことで」
「君からそう評価されるなんて、なんだか自信が付くね」
「ダボが。嫌味だっつの」
タンッと、兎田君はペットボトルをテーブルに力強く置く。その手つきは、普段通り乱暴なものだった。
それから……。
「──まぁ、そのくらい傲慢な方が生きやすいんじゃねぇの。少なくとも【人】の顔色ばかり窺うよりは、ずっとな」
──グリグリと、無遠慮な力で兎田君は僕の頭を撫で始める。
「兎田君……っ?」
名を呼ぶと、珍しいことに。……兎田君はニッ、と。どこか優しい笑みを、僕に向けてくれた。
「──ガンバレ」
またしても、兎田君らしくないセリフ。それだけ言い、兎田君は僕の背中を強く叩く。
それはまるで、背を押すかのように。そしてまるで、気合いを入れるかのようで。
「……もう。力が強すぎるよ、兎田君……っ」
僕は思わず、目尻に涙を浮かべてしまった。
まるで、ハッピーエンド。僕と兎田君の間に流れる空気は、まさにそんな感じ。
……だった、のに……ッ!
「──ちなみに、テメェが不特定多数の人間を『愛したい』って言った件について、ネズミ野郎にはなんて報告すればいいんだ?」
「──さっきのはそういう意味合いじゃないって分かって言っているよねっ!」
兎田君は、相変わらず僕のことが大っ嫌いみたいだよ!
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