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続 5 : 19
事務所に戻ると、僕と同じ係の人たちは退勤済み。今日も今日とて、穏やかな一日だったからだ。
だけど、その中で一人だけ。パソコンに電源を付けたまま作業を続ける男の子がいた。
「ただいま、僕の子日君っ」
「おかえりなさい、俺の先輩」
子日君は今日も、僕を待っていてくれたらしい。まるで『パソコン内のフォルダ整理が事務所に残っている理由です』と言いたげなオーラを放ち、しかも顔すら上げてはくれないけれど……。
子日君はカチッカチッとマウスを操作しつつ、言葉を投げてくる。
「今日は珍しくいじめられなかったみたいですね」
「分かる? 今日は珍しく、子日君との関係性に問題勃発させるのをやめてくれたみたいっ」
「それは、それは。メチャメチャ上機嫌だったんですね」
「だねぇ」
すぐに、子日君はパソコンをシャットダウンした。ヤッパリ僕を待っていてくれたみたいだけど、今日の子日君はわざわざそうは言ってくれなさそうだ。……ちぇっ。
「待っていてくれたお礼……じゃ、なくて。残業をしていたご褒美に、はいっ。コーヒー、買ってきたよ」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
子日君は缶コーヒーを受け取ってもプルタブを引かず、そのまま鞄の中にしまい込んでしまった。どうやら今は、すぐに帰りたいみたいだ。
僕も急いで帰り支度を進めつつ、子日君との雑談に興じる。
「それにしても、どうして兎田君って僕のことがあんなに嫌いなんだろう?」
「セクハラ発言をぶっかましたからじゃないですか?」
「だから僕、生まれてから一度もセクハラなんてしたことないんだってば」
「無自覚は手に負えねぇ」
「えっ? 今、なにか言った?」
「いえ、なにも」
あっ、あれっ? 子日君、今、舌打ちした……よねっ?
「では、訂正して。……兎田主任を口説いたからじゃないですか?」
「──えぇぇッ! 僕、兎田君のことは唯一口説いたことないんだけどッ!」
「──嘘だろ、そんな人類存在したのか」
僕が想像したこともないことを言われて驚くと、子日君も僕と同じように驚いたではないか。えぇ~っ、僕ってそんなイメージなのっ?
確かに以前までの僕は色々な人にそうしたニュアンスの言葉を伝えてはいたけれど、それがどういう意味かを子日君は知っているくせに!
「でも、そんな意地悪なところも好きだよっ!」
「兎田主任のことですか?」
「ゾッとすること言わないでよっ!」
「先輩も兎田主任のことが嫌いなんじゃないですか?」
そっ、そんなつもりはないのだけれど。……でも、兎田君はちょっと例外なんだよね、うん。
帰り支度を終えた僕が立ち上がると、合わせて子日君も立ち上がる。
隣に並んだ大好きな子日君を見て、僕はニコッと笑みを浮かべた。
「あっ、そうだ。ねぇ、子日君」
「はい。なんですか?」
「あのね、僕の決意表明。……聴いてくれるかな?」
「えぇ、勿論。どうぞ、ご発言を」
なぜか妙な警戒をされているけど、まさかセクハラ発言云々を警戒しているのかな? まったく。僕はそんなふしだらなこと、神に誓ってしたことはないのに。
それでも笑顔を浮かべたまま、僕は続ける。子日君だけを相手に、僕の【決意表明】を伝えるために。
「──あの人に。僕が傷付けてしまった彼女に、近いうち会いに行こうと思うんだ」
努めて明るく言ったつもりだけど、どうだろう。
……子日君には、僕の決意が伝わっただろうか?
続 5章【先ずは克服させてくれないかな】 了
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