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続 5.5章【先ずは好きだと言ってくれってか(兎田視点)】 1

 生物は、視覚からの情報が判断材料の大半を占めているらしい。  怖い人、嫌な人、苦手な人。見た目が怖く、容姿が生理的に合致せず、所作が自分とは違う相手。そういう奴を、人間は嫌悪するらしい。  子供の頃から背が高く、目つきは悪く、親からろくな教育も受けていない俺様がそうしたカテゴライズに属してしまうのは……まぁ、当然だろう。  いつからだったか、俺様は嫌われる前に先ず自分の方から、誰であろうと【人間】を嫌うようになった。  絶世の美女であろうと、子供であろうと、年寄りであろうと、美丈夫であろうと。前提条件に【人間】が付くのであれば、俺様にとっては嫌悪し、侮蔑すべき対象となるのだ。  さて。ここでひとつ、愉快な議題を用意しよう。  ──兎田四葉が、実は【対人恐怖症】だ。……そう言われて、信じる者はいったい何人いるだろうか。  ……まぁ、くだらねぇ議題はダストボックスへ。もう少しマシな話でもしようか。  話は変わるが、誰しもがこんな話を知っているだろう。【四つ葉のクローバーというやつは、幸運を運ぶ】と。  誰かにとっての、それで在れ。……どうやら俺様の名前は、そういう理由で命名されたらしい。まぁ、憶測だが。そんなことを丁寧に説明してくれるほど、俺様の親はガキの頃の俺様に構っちゃくれなかったからな。  苗字は、たまたまだ。生んだ親の苗字がそうであったのだから、しょうがない。だが不思議なことに、どうやら【兎】というものも、幸運の象徴として使われることがあるらしい。  ──実に、滑稽。実に、不快。実に、愚かしい。兎田四葉という男のどこに、そんなものがあるのか。  思春期の途中で、確かにそんなことを考えたりもしたが。……この年になれば、どうだっていいことだ。  ……年と言えば、そうだな。俺様と同い年のウシマルという男の話をしよう。  初めて会ったのは、入社式の日。社員の前で挨拶をしたのが、ソイツとの出会いってやつだった。 『牛丸章二です。これから、よろしくお願いいたします』  実に、短い挨拶。控えめな自己アピールだろう。  だが生憎と、顔の主張は激しかった。やけに眩しい笑顔を誰のためかは知らねぇがニタニタニヤニヤ浮かべて、それはそれは実に目障りだったのだ。隣に並ぶ不愛想なデカブツとの対比が【明暗】って言葉を彷彿とさせるくらい、ウシマルという男の顔はうるさかった。  どう見ても、対極にいる存在。友人になれるとか、プライベートで会話をするとか、そういった関係性を俺様とウシが構築するとは、誰も思わなかっただろう。こちとら、同じ気分だった。  ……だが、まぁ。俺様は存外、素直なひねくれ者だったからな。  ──似ている、と。直感的にそう思い、そして、幻滅したのだ。  一目見て、すぐに分かってしまった。ウシマルアキツグという男は【人間】に怯えていると。……アイツがそうなった原因? 理由? 知るか。ウシに訊け。  それでもなんでか不思議と、同族には分かるもんだ。俺様とウシは、同じだからな。不愉快極まりないが、これは事実だ。  だったら、俺様と同じ生き方をすればいい。初めから他者を切り捨て、外界をシャットアウトし、一人の自由を選べば良いのだ。  ……だが、違った。ウシは、一人では生きられないのだ。

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