214 / 250
続 5.5 : 9
さて、そろそろこの弁舌合戦にもピリオドを打とう。
「他は? テメェが断る理由を全部上げろ。論破してやる」
壁とボクの間にユキミツを捕らえ、顎を持ち上げ言葉を待つ。実に、紳士的だ。……たぶん。少なくとも、ウシならこれくらい朝飯前だろ。
ユキミツはボボッと顔を赤くして、口をパクパクと開閉させている。なんか、金魚みたいだな。……まぁ、可愛いが。
やがて、ユキミツは自身の顔を両手で覆ってしまった。
「ぴえんっ! 時間をくださいぃ~ッ!」
「何秒?」
「最低でも一週間ッ!」
「──そうか、分かった」
「──マッ?」
すぐに、ユキミツの顎から手を離す。同時に、壁へ当てていた手も動かした。
「──一週間経ったら、ユキミツは俺様のモノだ」
ユキミツの体を一度だけ、グッと抱き締めるために。
……おっと。しまった、一人称が駄目だったんだよな。ボク、ボク、ボク……。……違和感しかねぇな、ボクって。
ハグを解き、ユキミツを解放する。すると、ユキミツはパチパチと両目を瞬かせた。
「……結構、素直なんですね。もっと強引に、モノにされるかと思いました……」
「そんなことするくらいならサクッと洗脳すればいいだろ。武力行使は怠いし非効率的だ」
「これだから企画課の天才はッ!」
よく分からんが、褒められたみたいだ。……ふんっ。ユキミツから褒められるのは、なかなか気分がいいな。
……しかし、名残惜しいが今日は身を引こう。
「──強引なことをしたら、ユキミツは怖がるんだろ。一人称とか、そういう……怖いのが駄目なら、テメェが嫌がりそうなことはしねぇよ」
これ以上強引に迫って、一週間待たずにドロップアウトなんてシャレにならねぇ。弱小ユキミツがどこで泣き出すか、まだよく分かんねぇしな。
「あと、洗脳もナシだ。そうなると、テメェの個性が死ぬ。そうしたらおれさ──あぁ、クソッ。ボクが! ボクが気に入ったテメェが死ぬ。それはこっちとしても不本意だ」
ん? なんでコイツ、顔が金魚どころかポストみてぇに赤くなってんだ? 風邪か?
なんとなく心配になってしまい、いつぞやにユキミツがしてくれたのと同じように、頭をグリグリと撫でてみる。
「あと、テメェが言ってた『可愛さ』な。手始めになんか、そうだな。……手料理でも学ぶか。しかも、あれだ。キャラクターものの弁当。可愛いっつったら、テメェはそういうのが好きなんだろ?」
「はひっ、しゅきでしゅ……」
「よし。なら一週間後、すげぇメシ作ってやるよ。ユキミツのために努力をする、年上彼氏。……どうだ、可愛いだろ?」
「おうっふぅ……ッ」
どういう反応だ、それ。いいのか、悪いのか?
「オレのため、とか。そんなの、今まで言われたこと……っ。うっ、うぐぐっ。頭、とか……なで、撫でられたこともっ、なっ、ななっ、なぁ~……ッ」
んんっ? なに呻いてんだ、コイツ?
謎すぎる行動を繰り返していたユキミツは、なぜかそのままズルズルと壁にもたれかかったまま小さくなっていく。床にへたり込んでしまったのだ。
そのままユキミツは再度、顔面を手で覆って……。
「──ヤッパリ、一ヶ月にチェンジで……ッ」
「──はっ?」
コイツ、自分で提示した期日を延長するとかどういう神経してんだ? だから業績が悪いんじゃねぇの? まぁ、コイツが営業してるとことか見たことねぇから知らねぇけど。
……けど、なんでもいいか。一ヶ月、一ヶ月だからな。
「いいぞ、許容範囲内だ。その代わり、テメェが条件を変えたんだからこっちも変えるぞ。……一ヶ月後に抱かせろ」
「ギャァアーッ! ブンッ、ブンーッ! 親友の処女が危険に晒されてるんだがァアーッ!」
「──ん? ……あぁ、安心しろ。ネズミ野郎と同じところで処女を散らせてやるよ」
「──なにその配慮ッ! そもそもブンが処女を散らせた場所とか知りたくないィッ!」
……さて、そろそろ冒頭に話を戻そうか。
ウシは、変わった。そしてこれから、ウシ至上最大の難関に進んでいくらしい。それは今のウシがもう、俺様が期待していた同族ではないという証拠でもあった。
……だが、不思議なことに。
ウシが変わったせいなのか、おかげなのか。俺様も変わりそうなのだから、まったくもって不思議なものだ。
……おっと、失言。ボク、だったな。
続 5.5章【先ずは好きだと言ってくれってか】 了
ともだちにシェアしよう!