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続 6 : 4

 なんだかんだと幸三のせい──おかげで、俺は先輩に対する心配やら不安やらを一時的に忘れることができたのだが。  ……なんでこうも、難ってのは去って戻ってくるものなのか。  事務所内が、ザワザワと騒ぎ始める。午後と言うよりはほぼ夕方に差し掛かった今、もう少しで就業時間も終了だ。  そんな中、事務所が騒然。俺と先輩はほぼ同時に顔を上げて、騒ぎの中心と思しき方向を振り返る。  やたらとデカい背丈に、長い髪。人を一人殺してきたのかと思わず危ぶんでしまうような怖い顔をしている青年が、俺たちの視線の先にいる。  なんだ、今度は兎田主任か。兎田主任が放つ独特で不穏なオーラに慣れていない戦友たち──もとい、同じ課の職員が驚いてザワザワとしてしまったらしい。  ……だが。 「──えっ、しゅっ、主任っ?」 「──えっ、うっ、兎田君っ?」  これには、さすがの俺と先輩も驚愕。当然、その理由は周りのざわめきとは全く別種だ。  俺と先輩が、同時に声を上げて目を丸くした理由。それは、今日も今日とてきちんとワイシャツを着ていることではなく……。 「──主任が、髪を結んでいらっしゃる……ッ!」 「──兎田君が、髪を結んでいるなんて……ッ!」  なんとあの【放っておいたら伸びていた】と言えるほど、こだわり皆無でボサボサだった長髪が……。  ──今日はなんと、綺麗なポニーテールになっているではないか!  ……『その程度で驚きすぎだ』って? それは実物の兎田主任を見たことがないからだ。あの人が上半身裸じゃないのも驚きだが、それと同じくらい【髪の毛をセットする】という概念を持っていることも驚きなんだぞ。  よく見ると、今日はワイシャツにネクタイまで装備している。なんということだ、驚愕すぎだ。まさか、今日でこの会社は倒産するのか? 「なんだよ、アホ共が。髪形が変わったくらいで騒ぐなよ、うぜぇな。ケツの肉を削ぐぞ」  だが、どれだけ驚きの光景であってもやはりこの人は兎田主任で間違いないらしい。口を開けば、納得の兎田主任だったからだ。  それでもジロジロと兎田主任を見上げていると、やはり個人的にも思うことがあったらしい。兎田主任はポニーテールの毛先を触りながら、俺たちを見た。 「ユキミツがな、言ってたんだよ。『可愛い奴が好き』って。だから、とりあえず髪をひとつに括ってみた。……どうだ、可愛いか?」 「「──いえ、まったく」」 「──だよな。個人的にもそう思う」  マジか、幸三が理由か。  ……ん、待てよ? よく見ると兎田主任のネクタイって、幸三が持ってるのと柄が似て──同じじゃないか? はっ? もしかして幸三の奴、見かねて兎田主任にネクタイを結んでやったのか? ……えぇーっ?  止まらない、動揺。思わず本音を返した俺たちに珍しく鉄槌のひとつもくださない兎田主任は、依然として毛先を触っていた。 「けど、ユキミツの奴はなんでか『いいッスね』って言って顔を赤くするんだよ。なんだアレ、笑いを堪えてるのか?」  最近の幸三がおかしいのは、マジでこの人のせいだったのか! こちらはまだ仕事中なので、できれば惚気は勘弁していただきたいぞ! 相手が幸三だということもあり、俺の精神的インパクトがデカすぎる! 「っつぅか、最近ずっとそうなんだよ。おれさ──じゃ、なくて。ボクのところに来るとアイツ、いっつも顔が赤い。なんだあれ、風邪か? なにか聞いて──」 「「──『ボク』ってなにッ!」」 「──なんだよ。ユキミツは『可愛い』って言ってたぞ」 「「──二人はなんなのッ!」」  またしても、止まらないどころか加速を続ける、俺たちの動揺。  もしかして、兎田主任は幸三のためにプリティでキュアキュアになりたいのかッ? やめてくれッ、キャラ崩壊どころの話ではないのだからッ!

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