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続 6 : 5
駄目だ、ツッコミが追い付かない。俺と先輩はゼェハァと肩で息をしつつ、兎田主任を見上げた。
すると兎田主任は、なぜだか普段と同じような態度で俺に書類を手渡してきたではないか。なぜだ、自分がどれだけのことをしでかしているのか自覚がないのか、この人は。
書類を受け取った俺は、もう一度兎田主任をまじまじと見つめる。そうすると隣に座るベビーがまた泣きそうな顔をしたような気もしたが、今はスルーだ。
「幸三は特に、風邪を引いているとかではありませんので……その、なんと申しますか。主任は、今のまま突き進んでも大丈夫だと思います」
「なるほどな。ユキミツの親友が言うなら信憑性も高いってもんだ。特別に、苗字で呼ぶことを許可してやる」
「えっ? あっ、ありがとうございます、しゅに──兎田、主任……?」
どことなく重々しい様子で、兎田主任が頷く。まさか、地雷ワードであるはずの苗字呼びを解禁されるとは。人生、なにが起こるか分かったものではないな。
などと感慨に耽っていると、隣のベビーが喚き始める。
「えぇぇっ! ちょっ、ちょっと待ってよ兎田君っ! 君の友人である僕はっ? 僕はそんな許可貰ったことないんだけどっ!」
「──先輩、しっ」
「──ウシ、黙れ」
「──ドライコンビ怖いッ!」
ついに、隣のベビーがシクシクと泣き出してしまった。数時間前に別のベビーがしていた、椅子の上で体育座りをするあれだ。
なんと言うか。俺と兎田主任もだが、先輩と幸三もちょっと似ている部分があるんだよなぁ。
「まぁ、そんなワケで今は自己変革の途中だ。……念のため言っておくが、ユキミツに手を出したらテメェらを社会的に殺す。アイツはもうすぐ俺様──ボクのモノになるんだよ」
泣きじゃくる先輩は、どこ吹く風。兎田主任は俺に書類を渡し終えると、まるで俺様キャラを体現しているかのような態度でそう宣言した。
すっ、すげぇっ。惚れた相手のためなら【傍若無人】という言葉から産まれたような兎田主任ですら、変わろうとするのか。幸三、お前って奴はすげぇ男だよ、マジで。
書類を渡す方か、それとも【幸三はボクのもの宣言】をする方か。兎田主任は目的を果たしたらしく、そのまま俺たちのもとを去ろうとした。
……の、だが。
「そうだ、ウシ」
不意に、ピタリと。兎田主任が、足を止めた。
名前を呼ばれた先輩は、体育座りのままそっと顔を上げる。
「なに?」
「こっちだって、気に入った奴のために変わろうとしてんだ。何度も俺様をダチみてぇに扱ってきたテメェも、そろそろ本気で変われ。じゃねぇと愛想を尽かされるぞ、ばーか」
「あいたっ!」
それだけ言い残し、兎田主任は先輩のおでこに一発のデコピンをかました。先輩の情けない顔が、さらにベソッと情けないものに変わる。
だが、先輩はすぐにヘラリと笑う。
「……うん、勿論。ありがとう、兎田君」
「ふんっ」
今度こそ俺たちの事務所から退出した兎田主任を見送って、数秒後。
「……どうしましょうか、先輩」
「どうしようね、子日君」
俺と、体育座りのままの先輩は、顔を見合わせる。
「「──いったい、どっちに感情移入をしたら良いのやら……」」
同時に呟き、もう一度だけ顔を見合わせた。
「──じゃあ、俺は幸三のために心の中で合掌します」
「──じゃあ、僕は兎田君のために心の中でお祝いするね」
そうか、そうか。幸三と兎田主任が、そんなことに。幸三よ、南無阿弥陀仏だ。欲しいならUTENA──じゃなくて、蓮台でも作ってやるよ。……いや、待てよ?
もしかしてこれ、合掌じゃなくてお祝いの方が良かったのか? 恋愛というものは、相変わらず奥深いな。
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