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続 6 : 11
夕日が、沈む。夜がもう、すぐそこまで迫っている。
洗濯を終えた俺は暗くなっていく部屋の中で、妙な焦燥感じみた不安感を抱いていた。
「先輩……っ」
なかなか、先輩が帰ってこない。今になって、余計な思考がどんどんと増えてくる。
もしも女社長さんがまだ、先輩を好きだったら。今度こそ先輩を捕まえて、最悪の場合もう一度心中をしようとするかもしれない。
仮に先輩のことを好きじゃなくなっていても、ヒステリックを起こしたら。逆恨みで、先輩に酷いことをするかもしれない。
陽が落ちて周りが暗くなると、つられるかのように思考も暗くなってしまう。このままではいけないと思い、俺はカーテンを閉めてリビングの電気を点けようと、立ち上がった。
こんなことなら、夕食のひとつでも作って待っていれば良かったか。いや、しかし……先輩は『帰りはなにか買ってくるね』と言っていた。クソッ、ことごとく俺の言動を制限する人だな、あの先輩は。
なにかで気を紛らわせていないと、どうにかなってしまいそうで。リビングの電気を点けながら、俺は短く息を吐き──。
──勢いよく、顔を上げた。
「……先輩?」
微かに、音を感じたのだ。誰かが、ここに近付いている音を。
それは空耳かもしれないし、幻聴かもしれない。不安感が生み出したありもしない幻で、全くの嘘である可能性だって否定できなかった。
だとしても俺は、脚を動かす。リビングを出て、玄関に向かってしまった。
まるで、縋るように。祈るように、早足で玄関扉へ向かって……。
──鍵が開錠されるのを、この目でしっかりと見届けてしまった。
開錠されたのならば、残す動きはひとつのみ。玄関扉はすぐに開かれ、向こう側には見慣れた人物が登場した。
扉を開けた張本人は、まさか俺が玄関の真ん前で帰りを待っていてくれたとは思っていなかったのだろう。当然だ。俺だって、そんなつもりなかったのだから。
しかしすぐに、相手は俺を認識して。
「──ただいま、子日君」
「──先輩っ!」
普段通りの柔らかな口調で、俺に挨拶を送ったのだ。
普段通りじゃないのは、俺だけ。もつれそうになる足をどうにかしつつ、俺は先輩に駆け寄った。
「無事ですか! 怪我とか、なにかっ、なにか酷いこと……っ」
「うん、大丈夫だよ。五体満足、傷ひとつナシ。僕は僕のままだよ」
即座に俺の体に腕を回し、優しく微笑む紳士的な姿は……間違いない、先輩だ。本人の証言通り、見えるところには傷らしいものはない。
だが、見えないところ──心は、どうなのだろう。俺は先輩をジッと見つめて、様子を窺う。
「先輩……っ」
「うん。平気だよ。……平気、なんだけどね……」
どことなく、顔色が悪い。と言うか、微笑みがぎこちないように見える。
……ん? 顔色が悪いん、だよな? んんっ?
「あの、どうしたんですか、先輩?」
様子は、おかしいのだが。……おかしいのだが、その【おかしさ】が俺の想定とは違うように見える。
……なんか、思っていた落ち込み方と違うような?
眉を八の字にしている先輩を見上げていると、なぜか目を逸らされた。だけどその逸らし方も、なんだか想定していた理由からくる逸らし方ではなくて……?
「あのね、なんかね、僕ね?」
「はっ、はいっ!」
もにょもにょと、先輩は口を動かす。俺は一言も聞き逃すまいと、真剣に耳を傾けて──。
「──ダシにされたみたい」
「──はいっ?」
さらに、小首を傾げた。
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