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続 6 : 19
それにしても、だ。流れでうっかり、スルーしてしまうところだった。
「先輩って、人が怖かったんですね。気付きませんでした」
「うん、そうみたい。僕も、あまり自覚はなかったんだけど……辛辣な同期が、かなり強引に気付かせてくれた感じ、かなぁ……」
「あぁ、なるほど。察しました」
つまり、兎田主任は気付いていたということか? ……初めて、兎田主任に対抗心を向けそうになったぞ、むむっ。
先輩は俺の頭を優しく撫でながら、苦笑し始める。
「僕って、モテるでしょう? だから、ちょっとした人間不信……みたいな感じ、なのかな? 今思うと確かに、僕はちょっとだけ人と関わるのを恐れていたのかもなぁって」
「自分で『モテる』とか言わないでくださいよ。……腹立たしいことこの上ないことに、事実ですけど」
「ふふっ、ありがとう」
俺に褒められたとでも解釈したのか、頭を撫でる先輩の手が力を増させた。それに、情けない笑顔がちょっとだけ明るいものになった気もする。
……ヤッパリ、いいな。笑う先輩を見て、胸の奥がほわほわっと温かくなる。
俺は顔を上げて、先輩を見つめた。するとすぐに、先輩は俺の視線に気付いて「ん?」と疑問を投げてくる。
「ねぇ、先輩。……ひとつ、不意打ちでいいですか?」
「ん、なにか──んっ」
パッ、と。瞬時に顔を近付けて、キスをかます。
ボーイズラブ的な単語で言うのならば俺は【受け】というやつだが、イコール【受け身な男】と解釈されては困るぞ。やるときは、やる。やるべきときだって、やるのさ。……やらなくていいときは、是が非でもやらないが。
だけど今は、やるべきときではない。それでもやったのは、俺が『やりたい』と思ったからだ。
「章二さん、大好きっ」
ニコリと、笑みを浮かべる。愛想笑いや作り笑いは苦手だが、決して俺は笑えないわけじゃない。笑いたかったら笑うさ。そういう機会が少ないだけで。
俺の不意打ちキスを受けたからなのか、それとも好意を告げられたからなのか、笑顔を向けられたからなのか。面白いほどの速度でカァッと、先輩の顔が赤くなった。
「そ、れは。卑怯、だよ……っ。僕、君の笑顔とデレに弱いのに……っ」
いつも先輩に翻弄されてばかりの俺だが、こっちだって先輩を翻弄できるらしい。なかなか、気分がいいぞ。
……だが、まぁ、なんだ。
「──じゃあもう二度としませんね」
「──あぁあッ! 可愛い笑顔が一瞬にして消えたッ! なにこれ魔法ッ?」
──照れくさいな、うん。
すんっと表情を殺すと、すぐに先輩がギャンと嘆く。俺の表情筋を『魔法』と言うのなら、先輩だって相当だぞ?
なんだかそれが、可笑しくて。俺は思わず素で、ゲラゲラと笑ってしまった。
「あっははっ! 章二さんって本当に、俺のこと大好きなんですねっ?」
「っ! うっ、うんっ、大好きっ! 大好きだよっ、本当にっ!」
「──そんな食い入るように見られると、引きます」
「──また笑顔が消えたッ! どうなってるの君の表情筋ッ!」
だけどヤッパリ、照れくさいので。今日はとりあえず、大団円の余韻に浸るだけとしよう。
それより先の、甘い恋人な雰囲気は……。……まぁ、また、後日ということで。
続 6章【先ずは好きだと言わせてくれ】 了
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