234 / 250

続 最終章【先ずは好きだと言ってくれないかな(牛丸視点)】 1

 十二月の下旬。今日も今日とて、僕たちはせっせと労働に勤しむ。  なんてことない、穏やかな日常。隣に子日君がいて、仕事はほどよく忙しくて、隣の子日君は今日も可愛くて──。 「──どうした、幸三ッ! なんだこの指ッ!」 「──えっ、どうしたのっ!」  ──隣の子日君が、なんだか騒がしい!  子日君のもとに、営業で使う資料を引き取りに竹虎君がやって来たのは気付いていた。精神的レベルアップを果たした僕は公私混同せず、年下二人の会話を微笑ましく聞いていたりもしたのだけれど……。  珍しく大声を出している子日君につられて、僕は慌てて竹虎君を振り返る。子日君が指摘したのは確か、竹虎君の【指】だった。もしかすると、怪我をしたのかもしれない。  営業に行くのなら、見た目を大事にしなくては。たとえ指であろうと、傷はいけない。なんだか先輩気取り感が否めないけれど、僕は多方面から竹虎君を心配してしまった。  えっと、どれどれ? 竹虎君の指は……?  ……えっ? ん、んんっ? 竹虎君の、指。厳密に言うと、左手の薬指に──。 「──四葉サンにつけられたぁ~……っ」  それはそれは素敵な指輪が、チョコンとはめられているではないか!  綺麗で繊細な指輪は、普段の派手な竹虎君とは違い、なんとも控えめ。けれどなぜか、不思議とその指輪は堂々としているように見えた。  左手の薬指にある指輪を見て、差出人の名前も聞いてしまった僕と子日君は、一度だけ顔を見合わせる。  それから、そっと……。 「「──おめでとうございます」」 「──オレの本意じゃないって分かってて言ってるだろぉ~ッ!」  小さく手を上げて、竹虎君を祝福した。  僕たち二人の『おめでとう』を受けて、なぜか竹虎君はワッと泣き出してしまう。なぜだろう、嬉し泣きかな。僕たちは祝福のポーズをそのままに、竹虎君の話に耳を傾ける。 「四葉サンの告白を一ヶ月と三日待たせたら、なんかすっげぇピッタリな指輪付けられた。しかもこれ、全然外れないんだよぅ。ブン、だずげで……」 「えっ? ってことは幸三、兎田主任に約束三日遅れで返事したってことか? なんて言ったんだ?」 「駄目だよ、子日君。そんなもの『抱いて』一択なんだから」 「あっ、そうなんですね。……えっと、おめでとう、幸三」 「違うからッ! そこまで言ってねぇからッ!」  凄い、これは凄いよ。僕と子日君が、嬉々として自ら恋バナに興じている。なんという成長だろう。全世界に褒めてもらいたい。  僕が現状に感慨深さを抱いている間も、竹虎君のどんよりムードは止まらない。椅子の上に体育座りをするという、今となっては少し見慣れてしまった姿勢のまま、竹虎君は続きを話す。 「とりあえず、四葉サンには『友達以上恋人未満でお願いします』って言ったんだよ。そうしたら、なんか、指輪つけられて……」  ふむふむ、なるほど。それは、あれだね。【友達以上恋人未満】ってことは、兎田君の中では不安要素でしかないんだろうな。うん、絶対そう。  だから、あれだよ。竹虎君に浮気されるかもしれないから、ものすごく強引に魔除けのアイテム──もとい、指輪を用意したんだろうなぁ。……なんだろう、兎田君って恋愛に関してはお馬鹿さんで可愛いね、うん。  まぁ、全部僕の勝手な憶測だけど。実際どうなったのかは、知らないけどね。 「オレ、さすがに指輪なんて初めて貰ったんだけど……ッ! これ、どうしたらいいのッ? そもそも外れないし、しかも外そうとしたらなんでか四葉サンが偶然を装って瞬時に現れるし、もうマジでどうなってんのッ?」  それにしても、竹虎君はイキイキしてるなぁ。前から元気な子だとは思っていたけど、なんて言うか……人間味? みたいなものが増した気がする。  僕はウンウンと頷きつつ、ワタワタと慌てふためく竹虎君を見つめた。一応、僕は人生の先輩だからね。恋愛に関するレベルは竹虎君より低くても、アドバイスのようなものをすべきだろう。悩める後輩を無下にはできないからね。  と言うわけで、レッツアドバイス。僕はニコリと笑みを浮かべて、竹虎君に助言を与えた。 「もうさ、早く結婚しちゃばいいんじゃない?」 「牛丸サンから牛丸サンらしからぬ発言が!」 「だって君たち、両想いなんでしょ? 指輪もあるし、結婚しちゃいなよ」 「オレは別に四葉サンのことなんて好きじゃな──」 「──あっ、兎田君だ」 「──びえんッ!」  十二月の下旬。絶賛、就業時間中ではあるのだが……。 「よう。随分と楽しそうだな」  僕たちの事務所に、悪の大魔王が降臨なさった。

ともだちにシェアしよう!