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続 最終章 : 2

 長い髪をひとつに結び、ネクタイをきっちりと締めた長身の男性。僕の同期である兎田君が、心底楽しそうなご様子で来所された。  奔る、戦慄。無論、竹虎君に。  しかし兎田君は意外なことに、プルプルと震えている竹虎君をスルーした。 「ほら、ネズミ野郎。資料だ」 「あっ、ありがとうございます。わざわざすみません」 「気にすんな」  手にした資料を子日君に渡して、仕事の依頼をする。  ……こう見ると、あれだね。兎田君も随分と変わったなぁ。前までは深夜か早朝──絶対に人がいない時間帯にしか資料を持って来なかったのに、今は僕たちの就業時間中にも来るようになったのだ。  これも、もしかしたら竹虎君のおかげかな。……ふふっ。本当にお似合いの二人だね。ここは友人として、そして先輩として、二人のことを心から祝福──。 「──ただ、テメェのツラを見たくなっただけだからな」 「「「──ッ!」」」  奔る、戦慄。無論、僕たち三人に。  えっ、え、えぇぇっ! ちょっ、ちょっと駄目だよっ! と言うか、なにを言っているのっ? 兎田君の好きな子は竹虎君でしょ! どうして僕の子日君を口説くのっ! やめてよ! 大パニックになっちゃうから!  僕は、子日君が言い寄られたことによるショックで。子日君はたぶん、なにかしらの危機を察知して。  そして、兎田君の大本命。竹虎君はと言うと……。 「なんスか。結局、四葉サンは自分より小さい奴なら誰でも口説くんスね。ふーん。……ふーんっ!」  なんだか、僕たちとは違った方向に猛スピードで駆け出した気がするよ。  ……う、うわぁ~っ。なんで『友達以上恋人未満で』とか、訳の分からないことを言っちゃったのかな、この子。凄く好きじゃない? もうとっても好きだよね? 恋愛レベル一桁程度の僕でもそれは分かるよ。きっと子日君もそう思っているよ、本当に。  兎田君は拗ねる竹虎君を見て、ご満悦なご様子だ。ニッと不敵な笑みを浮かべつつ、竹虎君の体をガッと引き寄せた。 「別に誰になにを言ってたっていいだろ? テメェにとって、ボクは【友達以上恋人未満】な関係なんだからなぁ?」 「そ、れは。……オレのこと『特別だ』って言ってたくせに。結構ハクジョーなんスねって、そう思っただけですよーだっ」 「プリプリすんなよユキミツ。拗ねるテメェがあんまりにも可愛いから、思わず勃起しそうだ」 「ギャァアッ! 食われるゥウ~ッ! ウサギにトラが食われるゥウッ!」 「わぁ~。ヤッパリ兎田主任って、先輩の同期なんですねぇ~」 「君はお友達の危機になんて失礼なことを考えているのかな子日君っ!」  二人のやり取りを見て、子日君は無邪気に感心している。えっ、どうしてっ? どうしてそこで僕と兎田君の関係性を再確認したのっ?  ……と言うか、凄いね。たった一言で僕たち三人を揶揄うなんて、兎田君は人を虐める才能に溢れているよ。全くもって羨ましくもなければ、尊敬もできないけど。 「だいたい、テメェが不安に思うようなことなんてねぇだろ。ネズミ野郎がこっちに傾いたならまだしも、そういうワケじゃ──ハッ。まさか、ネズミ野郎。ウシよりボクを好きになっちまったのか?」 「あぁーッ! なに言ってるの駄目だよやめてよ兎田君ッ! 縁起でもないッ!」 「あァ? なに馴れ馴れしく苗字で呼んでんだよ蹴り飛ばすぞ」 「ちょっと四葉サン! 今度は牛丸サン狙いですか! ホンット気が多いですよね! オレにゆっ、指輪までっ、贈ったくせに……ッ! このっ、ハクジョー者~ッ!」 「──う、うるせぇ……っ」  あーでもないこーでもないと口論する僕たちを、子日君は睥睨。  すぐに子日君は僕たち三人を見限ったのだが、それでも目に余るものがあったのか。数分後、子日君から一発ずつゲンコツをもらうまで、僕たちは騒ぎ続けてしまったのであった。

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