240 / 250
オマケ 2 : 2
そこからも、子日君の【デレ期キャンペーン】は止まらない。
「先輩、このデータの計算式が思ったように数値を割り出してくれません。……俺のこと、助けてくれますか?」
普段ならネットを駆使して自力でなんでも解決する、あの子日君が。
「コーヒーのおかわり、淹れてきましょうか? ……なんて、冗談です。先輩はこの時間帯だと、コーヒーより紅茶ですよね」
就業時間中、僕のことを視界に極力入れないようにしていたはずの、あの子日君なのに。
「今日のお昼、期間限定の季節定食を食べませんか? 二種類あるので片方ずつ頼んで、半分こしたいです。……こんな子供っぽいことを頼める相手、俺にとっては先輩だけなので」
弱みを晒したら死ぬんじゃないかと言うほどツンツンしている、あの子日君が。
──なぜだか今日は、メチャメチャ僕にデレている気がする。
計算式を修正し、紅茶を用意してもらい、昼休憩を社内食堂で一緒に過ごすという約束をした僕は、トイレのために退席した子日君を見送った。
あぁ、可愛いなぁ、僕の子日君は。思わずヒラヒラと、手を振ってお見送りしてしまう。
……さて。今の僕が、果たしてどんな表情をしているのか。お分かりいただけるかな?
嬉しそうな、微笑み? 幸福極まれりといった、笑顔?
いやいや。ノン、ノン。今の僕は、そうした【喜び】を前面に押し出しているわけではなく……。
不意に、僕のデスクへ近付く同じ課の職員が。
「あの、牛丸さん」
「なぁ、牛丸」
子日君が退席し、僕が一人になるタイミングを待っていたのだろうか。同時に、職員が二人もやって来た。
僕は子日君を見送っていたのと同じ表情のまま、すぐに二人を見上げる。職員は僕の顔を見て、すぐに眉尻を下げて……。
「──もしかして、子日さんを怒らせたんですか?」
「──今までの非礼を早く詫びた方がいいぞ、牛丸」
「──ヤッパリそう見えますよねッ?」
子日君のおかしな行動が、いつの間にか【牛丸に対する大激怒】と認識されていた、と。そう、周りの職員が教えてくれた。
……でっすよねぇ~っ! 僕もそう思う! おかげで僕の表情筋は一言で言い表すのなら【恐怖】を描いているもの! たぶん真っ青だよ、今の僕の顔!
だって、必要性がないじゃないか! 子日君がこんなにも子日君らしくないことを僕にするなんて、彼にとってのメリットが一ミリもないのだ!
だとすると、僕の答えは周りの職員と一致。子日君は僕に対して怒っていて、こうすることで内なる怒気を訴えているのだ。
だけど、えっ、えぇ~っ? なっ、なんでだろう? 冗談を抜いて本気の本当に、子日君を怒らせた理由が分からない。
もしかして、本当に日頃の行いなのかな。だけど、もしも本気で嫌なら子日君はきちんと言ってくれるはずだし。……そもそも、こんな方法で怒りをアピールするとも考え難い。
いつも僕のアプローチをやんわりとかわしてはいるけど、まさか塵も積もればなんとやら? ど、どうしよう。原因と対策を考えなくては──。
「──どうかしましたか、先輩?」
「──うわぁあっ!」
帰ってきてしまった! ……あっ、ちょっと! どうして二人共僕を置いて逃げるの! 僕の心配をしてくれていたのではっ? ちょっとーっ!
近寄ってきてくれた職員二人は、子日君が戻ってくると同時に去って行った。残された僕は、なんとか笑みを貼り付けて答えを絞り出す。
「え~っと、そのっ! ……き、今日の子日君はその、か、かかっ、可愛いなぁ~、なんてっ。あははっ。……あっ、い、いつも可愛いけどねっ!」
「なんですか、それ」
あぁっ! またしてもアプローチをしてしまった! これでは子日君の機嫌は今度こそ怒りが大噴火して──。
「まったくもう。……先輩の、ばぁーかっ」
──えぇーっ! なっ、なにこの反応っ? 可愛すぎだよ子日君っ、ちょっと、やだぁーっ!
頬をサッと赤くしてから、子日君は自分のデスクに戻る。こ、これは怒っているの? それとも、照れているだけ? 分からない。分からない、けど……。
……ヤッパリ今日の子日君、ツンの仕方が甘いぞ? なんて、思ってしまって。
まさか、本当にただのデレ期なのでは? と。僕は半日かけて、ようやく納得できそうになっていた。
ともだちにシェアしよう!