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 学校は休みの次の日、僕は朝と夕方に相原さんの家に行って中をのぞいた。  幻じゃなくて本当にいる人だよね? と確かめたかったのと、今日も迷子になってないかなって……ちょっとだけ、心配だったから。  でも大丈夫だった。彼は縁側のある部屋で本を読んでた。結んだ髪を肩に垂らし、時々ずれるメガネを直しながら笑顔でページをめくる。  僕のことは気づかない。  ちょっとだけ見つめて、帰る。  胸の中で何かが揺れる。  本、好きなんだ……相原さん。  朝と夕方に相原さんの家の前を通るようになって一週間。今日から夏休み。  僕はまた相原さんの家に行って中をのぞいた。  あれ?  彼はいつもいる部屋の奥じゃなくて縁側のところに座ってた。背の低い机に向かって正座して、紫の万年筆を持ってる。  何か書いてる?  気になって首を伸ばすと、彼が一枚の紙を手に取った。  青と黄色がひらめく。  この前の便箋!  手紙書いてるんだ、相原さん。  胸がざわざわした。  手紙って、相手に気持ちを伝えるためのもの。  相原さんの気持ち……?  どんな?  誰に?  わからない。想像もできない。  動揺した。  僕、相原さんのこと何も知らないんだ……  そんなことを考えてると、ふと彼が顔を上げた。 「……!」  目が合って、ドキッとした。首に汗が流れる。  相原さんは優しく笑って、便箋を机に置いた。  そして僕を呼ぶ仕草をする。  ドキドキが速くなる。  え、いいの? 「どうぞ。暑いですね」  足を垂らして縁側に座ると、相原さんは氷が揺れるガラスのコップを僕に差し出した。 「はい」  受け取る時、一瞬だけ指先が触れた。 「っ!」  手が痺れた。強めにコップを握って一口飲む。  甘くて弾ける。サイダーだった。  相原さんは僕がそれを飲むのを見ると、それっきりで机に向かってしまった。  胸がきゅっとする。 「……相原さんって」 「はい、何でしょう?」 「……お仕事、何してるんですか?」 「ご覧の通り、字を書いていますよ」 「違う」  つい言い返すと、相原さんは目を丸くした。 「それ仕事じゃないでしょ。手紙だもん」 「ええ、お手紙ですが」 「誰に送るの?」 「僕のことを好きだと言う人です」 「え?」  すっと胸の辺りが冷たくなった。  相原さんのこと……好きな人?  まあ、彼は大人だし、こんなにかっこよくて綺麗なんだし、そういう人、いても不思議じゃないと思うけど、でも、なんか……  机の便箋を見る。 「何も書いてないじゃん」 「ええ。こんなことを言ってくださった方は初めてでして。どんな言葉を送るか、どう気持ちを伝えようか思考に更けてしまって……お恥ずかしい限りです」 「え?」  意外すぎる返事に相原さんの顔を見た。  彼は照れたように視線をそらしていて、頬がほんのりピンク色になってた。  本当に? なんで?  こんなに素敵な人なのに……  じめじめした風が横切る。  ころ、と氷が揺れた。 「恵くん」 「はい!」  僕は弾かれたように顔を上げた。 「君のお手紙は、誰に宛てたものですか?」  相原さんは万年筆を机に置いて、まっすぐ僕を見ていた。  なんだろう。緊張する。  やっと僕に気づいてくれたみたいで、それがずっと続いてほしくて。 「君も同じでしょうか?」 「同じ?」 「ええ。君のことを好きと思う方」 「違う! あ……」  えっと……  誰かに告白されたと思われるのは……やだ。  誰かにラブレターを送ったと思われるのも……やだ。  罰ゲームで嘘のラブレターを書くようなやつだと思われるのは……一番やだ。 「……ファンレターです。好きな小説家に」 「お名前を訊いてもよろしいですか?」 「夕霧アイ先生です。この前新刊が出たばかりで、それの感想いっぱい書いて」 「『文月の頃〜恋綴り〜』でしょうか?」 「知ってるんですか?」 「ええ」 「じゃ、わかりますよね? 先生の作品の魅力。繊細で綺麗で、なんだろう、川の水が流れるみたいにさらさらーって読めるのに、でも気づいたら水溜りに首までハマったみたいに世界観に囚われてて、大人っぽくて妖しげな感じもすごい好きで、読んでると自分までかっこよくなれるような……」  すらすらと言葉で出てくる。すごい。嬉しい。こんな話ができるなんて。 「それで僕――」  勢いで顔を上げて、息が止まった。  目の前まで相原さんの顔が迫ってたから。  メガネの奥、僕だけを見つめる目。  かっこいい。綺麗。  引き込まれる。  熱い。息が苦しい。 「……恵くん」 「すみません!」  コップを置いてバタバタ立ち上がって、僕は庭を突っ切って逃げた。  門をくぐって道を進んで、息が切れた。 「……」  胸に手を当てた。痛いくらいドキドキしてる。  何、今の……

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