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ナキちゃんさんとザキくんさん
朗らかな昼下がり(といっても基本直射日光ない世界だから、うすぼんやりと白いだけだけど)、中庭に敷いたレジャーシートもどきは号泣する女性に占領されていた。
「ごめんなさい~……ごめんさない、ほんとに、ほんとに、ほんとーーーーに、反省してるの、本当よハルイちゃんーーーーッ……!」
うわーん、と漫画みたいに泣くユツナキちゃんさんは、もう本当にこの世の終わりみたいに悶絶しながら身体全部を使って泣いた。
その背中をさすってあやすのは、ほとんど同じパーツで出来たユサザキさんだ。
二人の違いは服装と、雌雄。あとはユサザキさんの方が凡庸な顔をしていることくらいだと思う。性格は正反対だけど。
「いやー……怒ってねーっすよって言いたいとこっすけど、まあ、いや、怒ってはねーっすけど反省はしてもらった方がいいかな、とは思いますよ。おれは怒ってねーけど……ゼノさまがあのーわりと、お怒りだったんで」
「ううう……、ゼノ様にもたくさんたくさん怒られたわ、たくさんたくさん謝ったわ……。ザキちゃんにもいっぱいいっぱい怒られたの。ちゃんと確認して、ちゃんと相談して、ちゃんと考えて行動しなさいって……」
うーん正論。さすがユサザキさん、仕事のできる男は違う。ゼノさまの信頼ナンバーワンなだけある。
ぐすぐすと泣き続けるユナツキちゃんさんは、一応ちゃんと反省してるっぽい。
おれが声をかけたときは本当にその場で土下座しそうな勢いだったし、今も目の前にあるお菓子もお茶も手を付けずにただひたすら謝罪の言葉を重ねている。
仕方なく指で涙をぬぐって、はいはい泣かないでって苦笑いをするしかない。
いや、怒ってねーのはほんとだもの。疲れたからもう絶対同じ体験はしたくねーな、とは思ってるけどな。
「もういいってー。お茶冷めちゃうから、ほら飲んで。召喚獣も息しねーと死ぬらしいよ? はい吸ってー吐いてーお茶飲んでー。今回の教訓をちゃんと生かして、これから改善してくれたらいいからさ」
「ハルイちゃん、ゼノ様と同じ事言うのね……わかったわ、忘れないわ、絶対よ、だから嫌いにならないでね? ね?」
「なんない、なんない、大丈夫ー。だからほら、おやつ食べて気を取り直して……」
「い、いらないわ……っ!」
「……え? まじで? パイ、嫌いだったっけ?」
「好きよ大好きよハルイちゃんのお菓子はぜんぶおしいもの、知ってるもの、大好きよ! でも、わたし、ハルイちゃんのおやつを食べる権利ないもの……っ! 反省の証なの……! だから、わたしのぶんもザキちゃんが食べてね、わたし、メイディーちゃんに謝ってくるわ……!」
やっと泣き止んだユツナキちゃんさんはすくっと立ち上がると、相変わらずの行動力で嵐みたいに立ち去った。
うーん……よく考え吟味して行動、っての、ちゃんと実行できてんだろうか? おれは特別迷惑かからないからいいけど、群青のみんなは大変なんじゃないかなーってちょっとだけ不安になる。
フールーさんのため息の原因の八割は、ユツナキちゃんさんなんじゃないだろうか。
「騒がしいヒトでしょ」
おれと同じく苦笑いを絶やさない系メンズは、小さな声でごめんね、と呟く。
お茶を一口、ゆるやかに含む。見た目はほぼユツナキちゃんさんなのに、仕草もテンポも全然違う。
「……えーと、そういやおれ特にゼノさまからなんもきいてないんだけど……ユツナキちゃんさんとユサザキさんって、やっぱ血縁? 関係?」
「うん。血縁っていうか……ええと、同じ個体だった、というか」
「おなじ、こたい」
「僕とユツナキはね、元々ひとりだったんだよ。元の世界では、僕とわたしが同居する雌雄同体だった」
それがね、召喚されたら二人に分れちゃったんだ、と、ユサザキさんは緩やかに笑った。
「……そんなことって、あんの?」
「うーん、僕は、この世界の召喚術がどういうものか、あんまり詳しくはないけど。そっくりそのまま移動するんじゃなくて、体はこの世界のもので新しくつくられるんでしょ? その時にうまいこと、同じように再生されないこともあるんじゃないかなって」
……ありえそう。
そういやおれも、髪の毛は伸びるけど、染めた髪の色のまんま伸びてくる。たぶん召喚されて再構築されたときに、『こいつの髪の色はこの色!』って設定されちゃったんだろう。
おれの地毛が茶髪になっちゃったみたいに、ユツナキちゃんさんとユサザキさんは、一つの身体から二つに分かれちまったのだ。
「僕とユツナキはね、うーん、なんて言ったら伝わるのかなぁ……女王? 主? ……とにかく、ある一定の団体の、主だった。みんな僕たちに尽くす。僕たちは子を産む。たくさん産む。死ぬまで産んで産んで産んで、ある日ころっと死ぬの。ある日ころっと死んで……ああ、やっと終わった、と思ったらね、ハルイさんも知ってるあの部屋に居たわけ。目のまえには、つたない言葉を話す明るい髪の男性と、不機嫌そうに腕を組む男性。そして僕の隣には、自分みたいな顔をした女性がいた」
「……びっくりした?」
「ふふ。そりゃあもう、びっくりしたよ。でも、僕はとても冷静だった。僕の中の感情はほとんど全部、ユツナキが持って行っちゃったからね。まったくない、とは言わないけど。ユツナキは本能、そして僕は理性。そういう風に分れちゃったんだね」
「あー……ユツナキちゃんさん、あれ、元からの性格じゃないんだ……」
宵闇亭には、青上三位という『売上やべー奴上から三人』って奴がいる。
三番手、己を殺して恥じらう美女、恥色フールー。
二番手、どんな仮面も演じてみせる、仮色カザナ。
そして一番手、欲色ユナツキ。欲に忠実、本能に忠実。いつだって感情が垂れ流しで世界全部を愛しているユツナキちゃんさんが、この宵闇亭の実質トップの娼婦なのだ。
普通に話してるだけだと、おっちょこちょいでちょっと面倒くさいヒトって感じだけど。誰のことも嫌いにならない彼女は、そりゃ夢みたいなひと時を毎夜繰り返しているのだろう。
ユツナキちゃんさんに大好きよって言われるの、確かに気持ちいいもんな。本気で目を潤ませて、本気の恋をしてますって顔で迫ってくるんだもんよ。そりゃみんな、骨抜きになるって話だ。
「そんな風に分れちゃって、大変じゃなかった?」
「まあ、びっくりしたけど。……僕はわりとこの身体、気に入ってるよ。頭の中がすっきりとして、いつも少し遠くから見ている感じ。一度、ユツナキにも聞いてみたことがあるよ。いまのきみはとてもたくさん笑うけど、とてもたくさん泣くよねって。もし嫌なら、辛いなら、召喚を解除してもらろうと思ってさ。でもユツナキは笑ったよ。『わたし、この世界、この身体、だいすきよ。毎日がとてもきれい』だってさ。……彼女のいいところ、ハルイさんはわかるでしょ?」
……うん。ちょっとグッときてしまった。
ユツナキちゃんさんは毎日忙しい。煩い。ちょっと面倒くさい。
でもすごく素直で、まっすぐで、かわいいひとだ。
「だから許してね――とは、言わないけど。でも、僕はユツナキの半身だから、謝るよ。ごめんね、本当に」
「いやそんな! ユサザキさんはなんも悪くねーし! つか、このパイ、本来はユサザキさんの為に焼いたんです良かったら食ってください……!」
「え、僕に?」
「うん、そう。ゼノさまが、特に迷惑をかけたから何か菓子でも焼いてやってくれって」
「……ゼノ様には別途謝罪をいただいたけど。あの方、本当になんていうかハルイさんには容赦なく仕事を振るね……?」
「まあ、無茶振りこなせるって思ってもらえんのはちょっと嬉しい、けど」
「わぁ。……きみ、仕事に忙殺されて気持ちいいタイプだ。ゼノ様と一緒」
薄々気が付いていたけど、やっぱ理性の男は観察眼が鋭い。
うふふバレてるーおれが褒められると図に乗るタイプなの絶対バレてるーと思いつつ、ちょっと甘くしたお茶を口に含んだ時に急に話題を変えやがるもんだから。
「――ゼノ様といえば、あの後、大丈夫だった?」
……思わず、口からブッハァってお茶吐きそうになった。
ぐってかんじに堪えて、ごくん、と飲むまで死にそうだった。きょとん、とした顔からへにゃっとした苦笑いに代わったユサザキさんは、ふわーって感じにごめんと謝ってくれるけどタイミング考えろこのやろうと思います。
「……あ、やっぱり、大丈夫じゃなかったんだ……」
「大丈夫なワケあるかって話ですでもたぶん大変だったのはゼノさまの方っすね……おれ、執務室に連れ込まれたあとあたりから記憶がもやーっとしてんもん……」
「あー。ちょっとだけ自我が薄くなっちゃうのかもね。じゃあ、えっと……しちゃった?」
「してない! です! たぶん!」
「力強い『たぶん』だなぁ」
いやしてない。してないはずだ。たぶん。まじで。……たぶん。
なんか朦朧としながら膝の上であほみたいにちゅーした気がするけど。
気がついたら朝で、おれはゼノさまの寝床の上でなんかぎゅーって感じに抱きしめられてたけど。
でも服は着てたし、ゼノさまも普通だったし、やましいことはしてない筈だ。ちゅー以外。ちゅーはしたけど。
つーか、やまほどちゅーしたせいで、口があのひとのキスを覚えちまったらしい。
ふとした瞬間、口寂しいなぁなんておもっちゃって、ゼノさまの口を眺めてしまう。そんであのキスを思い出して、ぎゃーってなって、わーってなって逃げだしてしまうのだ。
昨日はついに捕まり、『多少は意識しろとは言ったがおまえは極端すぎないか』と怒られた。怒られたっていうか怒ってはなかったしなんかすごく嬉しそうに微笑まれたけど、イケメンの微笑はひとが死ぬ可能性もあるからむやみにまき散らすなって喚いて手をほどいて逃げた。
結論、ゼノさまと一緒に居るとうぎゃーっとしてしまって、全然平常心でいられない。
こんな気持ち、はじめて……なんてカマトトぶるつもりはないけど、でもおれのこと好きだって公言してるイケメンに対してキュン……なんてするのは正真正銘初めてで、もうまじでどうしていいかわからない。
少女漫画かよ。あの人の存在は結構マジで少女漫画かよって感じだけど、この度めでたくおれも少女漫画化してしまったらしい。
嬉しくない。困る。仕事が捗らないし。試食もはかどらないし。毎日生きてるだけでちょっと消耗するし。
しかしながらおれは、約束は守る男だ。
甘いイモ類のパイを頬張るユサザキさんに向かい、くっと決意の顔を向ける。
そう、ぎゃーとかわーとか言って逃げてばかりもいられない。おれには会うたびに『いつがいい?』『週末はどうだ』『おまえの休みに合わせるぞ』と一々楽しそうに嬉しそうに予定を聞いてくるイケメンに一日お付き合いしなければいけない、という使命があるのだ!
うきうきしやがってくそ! かわいいかよ!
でも待っておれこの世界のデートの作法とかマジで知らない!
誘ったのおれだからおれがホストなんだろうけど、全然知らないしあともう一個非常にアレな問題が待ち受けていた。そう、なんと、おれはティーシャツとツナギしか持ち合わせていないのだ。
ユサザキさんを前に、胸の前で手を組む。由緒正しきお願いのポーズは、たまにユナツキちゃんさんがやってるからきっとこの世界でも通じるだろう。
「ユサザキさん!」
「え、はい。なあに?」
「実はユサザキさんにお願いがあります! このお菓子はその賄賂だと思ってください! 食いましたね!? おれ特製蒸かしたイモに無理矢理入れた甘味料による疑似スイートポテトパイ食いましたね!?」
「あ、うん、おいしい……えー、お願いなんか、お菓子がなくてもきくのに」
「そういうわけにはいかない。何事もギブアンドテイク。っつーわけでユサザキさん」
「はい」
「おれに、デートの作法とデート服、教えてくださいッ!」
できればこの世界のやつ、と付け足すと、察しのいい男はなんでかすごく嬉しそうにうふふ、と笑った。そのかわいいなぁ、みたいな微笑ましさ全開の顔、ちょっとイケメンだからよろしくないよ、ユサザキさん。
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