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手をつなぐ初デート

「イケメンが……十割増しじゃん……」  午前中に起きて髪を染め、レルドの小言にも似た助言とニスヌフの技術を全力でつぎ込んだ服を着こみ、髪を結い手袋を嵌めた俺を見たハルイは、神妙な顔で眉を寄せた。 「それは割合として正解なのか? ……というか、褒めてるのか? 嬉しくなさそうな顔だが」 「ぎゃーってなりそうなのを堪えてる顔っす。つーか、なんでおれの世界のお洋服なの!? いつもの正装じゃねーの!?」 「巷では召喚獣に合わせたファッションが流行ってるそうだ。俺は知らんがレルドがそう言っていたから、まあ、事実なんだろう」  なにより、俺の正装は目立つ。  宵闇亭の中で着ている服では、とてもじゃないが外出はできない。普段着というか、最早部屋着のような薄さのものばかりだ。  他の服を持っていないわけではないが……どうせなら、黒館ではなく、名もなき個人として街を歩きたい。  そう思った故に、右腕の黒を隠し、黒い髪も特殊な草の汁で色を抜いた。どうせ三日もすれば戻る。瞳の金色は、レルドが設計しダールトンが拵えてくれた『サングラス』という装飾品で隠せるだろう。  遠目ではわからないだろうが、念のためだ。  深い黒髪に、肌の黒、そして輝く金の瞳。その特徴的な外見を捨て、俺は灰の種族を装う。 「しかしこの、首元を覆う服はいいな。伸びる素材で着脱も楽だ」 「……ゼノさまの髪の毛って、抜くと茶色じゃなくって青になるんすねー……」 「おかしいか? それとも髪型が気に入らないか?」 「トンデモナイデス。お耳の形が麗しゅうございます……」 「さっきから俺の方を見ないじゃないか。どこかおかしいか、俺の格好は」 「格好いいから困ってんだよイケメンこっちくんな」 「寄らずに手は繋げないだろうが」  ほら、と差し出した手を、ハルイはしぶしぶといった風に握る。  手を繋いでいなくては、召喚獣の安全は保障できない。ハルイの髪色は灰の種族に近いが、瞳の色が濃すぎる。顔立ちも、やはり異国感というか、異世界召喚獣特有の骨格の違いがある。  一応、何かあっても困る。個人的には歓迎しないが、本人に許可を取り右腕に鎖付きの手枷を嵌めた。  十分に長さを持たせた鎖の先は、俺の左腕に繋ぐ。 「多少動きにくいだろうが、我慢しろ。俺の知らぬところでなにか不都合があればすぐに声に出せ。……痛くはないか?」 「ない、です」 「……なんだ、今日は随分とおとなしいな」 「緊張してんですよ~……おれ、よく考えたらデートとかしたことないもん……」  多少照れたように視線を落とす様子は、その言葉が真実であることを示していた。  そんな事を言われた俺が浮かれぬ筈もない。せめて宵闇亭を出るまでは当主らしく振舞いたいというのに、にやけそうになる顔を右手で抑える羽目になる。  結局半端ににやけたまま、照れを隠すようにハルイを引きずる羽目になった。  荷車を手配してもよかったが、灰の種族の移動手段はほとんど徒歩だ。悪目立ちする必要もないし、ハルイも体力だけなら問題ないだろう。と判断し、街までは歩き移動する。  しばらく見送りのメイディーとフールーとユサザキに手を振っていたハルイは、とことこと俺の横に並ぶと、たどたどしく手を握ってくる。  ふと、ハルイの方を見やれば、何気ない風を装いながらも己の好意に存分に照れている様が伝わって来た。  かわいい。なんだそれは。おまえそんな性格だったか? 「……なにか変なものでも食ったか?」  思わず、軽口が飛び出してしまう。そうでもしないと、俺とハルイは二人ともガチガチのまま、平らな道ですら転んでしまいそうだった。 「食って! ないっすよ! 緊張してんだーっつの!」 「緊張……レルドにすら物怖じしないお前がか?」 「え、あの人はだって、いいひとじゃん。おもしろいし、優しいし、頭いいし」 「どれも癪な褒め言葉だが本人に直接言ってやれ、泣くかもしれんぞ。アレは基本、白と黒からは蔑まれ、灰からは恐れられているからな」 「……怖い、っすか? まーちょっと煩いし、変なヒトだけど」 「俺たちの世界では、聡明と博識は悪だ。仕方ない」 「博識っつったら、ゼノさまも結構いろいろ知ってるんじゃないっすか?」 「俺なんざ愚鈍な方だ。若干記憶力がいい程度だな。興味のない分野はとんと疎い。計算だけなら、おまえのほうが得意だろう。あの量の銭をあんな短時間で仕分けられたのはおまえのおかげだ」 「おれ、そんなお役立ちでした……? 正直あの日は、えーと……ぐっだぐだにちゅーしまくってたことしか覚えてないんすけど……」 「おまえ、口づけの合間にひょいひょいと銭のレートわけしてたぞ」 「うそー。やだ、おれってば真面目……仕事真面目にこなしちゃうタイプ……」 「というか、覚えているんだな、一応」 「…………えー。それ、いま聞きます……?」 「おまえ、最近俺から逃げ回っていただろうが」 「だって恥ずかしいじゃないっすか~~~! 思い出すの! ゼノさま見てると! もーーーーにやにやすんなイケメンくそが!」  そうは言っても、頬は勝手に緩むものだ。  多少揶揄う意図があったのは事実だ。悪かったと素直に詫びて、頭を撫でて額にキスを落とす。  ヒエッ、という短い声が聞こえたが、知るかと思い手を握り直す。 「……デートモードのゼノさま、甘すぎやしません?」 「知らん。今日の俺は黒館じゃないからな、見栄も外聞もない。どうでもいい。ただのおまえのことが好きなだけの男だ。照れる想い人の言葉ににやけてなにが悪――ハルイ、耳をふさぐな、おい」 「しぬーーーーー甘くてしぬーーーーー」 「言葉程度じゃ死なん。死んでもらっては俺が困る」  派手に恥ずかしがって見せるものの、身体の緊張はほどけて来たらしい。  煩く喚きながら道を下り、寂しかった道は徐々に賑やかになっていく。  宵闇亭は外来塔やガラクタ塔と同じく、街の端にひっそりと建つ。その為、街の喧騒は宵闇亭までは届かない。 「……すっげ」  レンガを敷き詰めた広場の露天商を眺め、ハルイは感嘆の声を漏らした。  街の中心には乳白色の水路が流れ、網目のように通路が走る。中央広場は秩序などなくごった返し、様々な灰の種族で溢れていた。 「今日は市の日だからな。ただでさえ煩い街が一際活気づく。眺めるだけなら騒音だが、身を投じれば楽しむ術もあるというものだ」 「なんか、ほんといろんな格好でごった返してますね……前にレルドさまと一緒に見たときは、わー男しかねーってことしか見てなかったけど。つか、最近ずっと思ってたんですけど、もしかしてこの世界の人たちって結構お洒落……?」 「というか、装飾品と衣装にしか金をかけない文化だ。金は戦争が起こる度に価値を無くし、新しい通貨ができてレートが変わる。鉱物もしかり。溜め込んでいても仕方がない。身につけるものを豪華にするのが、この世界の金持ちの誇示方法なんだろうな」 「はえー……あとでレルドさまに詳しく聞きたい話……メモしたい……」 「やめておけ。文字は禁忌だ。宵闇亭の中ならば俺は咎めないし、仕事に必要ならば推奨するが、ここは外だ。約束を覚えているだろう?」 「文字はダメ。宵闇亭の話もナシ。計算もしない。あとはゼノさまの手を離さないこと」 「完璧だ」 「……名前は呼んで良いの?」 「ん? ああ、俺の名か。別に、構わない。大概の灰たちは宵闇亭の当主の名なんざ知らんだろ。呼ぶとしても黒館という隠語で呼ぶ筈だ。そもそも俺は宵闇亭にとっては裏方だ。灰で俺の顔を知っているのは、一部出入りしている関係者と、直接出禁を言い渡したものくらいだな」 「出禁……」 「各期節に一人は出るな。大概は群青を雑に扱った馬鹿どもだ。何度も煩いと思うかもしれないが、心しておけハルイ。灰も黒も白も、この世界の住人は基本的に召喚獣を生き物だと思っていない。体のいい道具だと思っている」  だからこの手を離すな、と言い含めている最中もハルイの視線は色とりどりな露天に向いていた。……いや、こいつはわりと、ルールは厳守するタイプだ。だから大丈夫だとは思うが……。  いや、大丈夫か? おまえちゃんと俺の忠告を聞いていたか?  という視線にハッと気が付いたハルイは、気まずそうに苦笑して俺の手をにぎにぎと握る。その握り方、かわいいからよせ。 「聞いてます聞いてます大丈夫~。あの、結構人権無視っぽい扱いされたことあるんで、世の中優しいヒトばっかじゃないのよ~ってのは身に染みてます大丈夫。あ、ゼノさまアレなに? あの店なに? リング? ネックレス?」  本当に大丈夫かいまいち確信はもてないが、俺が手を離さなければいいだけだ。  ため息一つで諦めて、露天の前にハルイを導く。  色とりどりの見事な絨毯の上に敷き詰められた台に並ぶのは、磨き上げられた指輪の数々だ。 「へー。装飾品ってどの世界も大体一緒なんすね~。そういやフールーさんも指輪してたなー」  アレの指輪は装飾品ではなくたしか毒仕込みの武器だった筈だが、余計なことは言わぬことにした。先日はユナツキの話を聞いたようだし、まあ、機会があれば自分で勝手に聞くだろう。 「これ、ペアリングです?」  ハルイが指し示した二つセットの指輪は、ペア、というよりは左と右にシンメトリーに嵌める用のものだ。  それを説明すると、そっかー一人用か、と納得したように頷く。 「おまえの世界では、指輪は揃いでつけるものか?」 「え。えー……と、必ずしもそうってわけじゃないっすけどー……その、大体の地域で結婚の証として同じ指輪を付ける習慣がある、と、思う」 「……成程。結婚の証か」 「まあ、でも、恋人とかでも同じものを身につける習慣はありますよ。お揃いって特別じゃん? みたいな? 感じなんじゃないっすかねおれそんなん貰ったこともないし贈ったこともないから知らんけど」  そういえばハルイは元の世界では、幸せな恋愛を経験してこなかったはずだ。召喚獣全体を見れば、ハルイの生活水準は十分に幸福な部類だが、俺個人の感情としては前の恋人とやらをぶっ飛ばしたい気持ちだ。  ハルイに『好きなものを選べ』と言ってから、露天商に勝手に金を払う。  でもやらだってやら繰り返していたハルイも、もう金は払ったから早くしろと言うと諦めたように濃紺の指輪を選んだ。  金でも銀でもない。他の色の中では若干地味だ。  人混みを避け通路の端に身を寄せると、その左手を取る。どの指か問えば、至極恥ずかしそうに薬指を指し示した――が、残念ながら薬指には大きすぎた。仕方なく中指に嵌めると、己の左手の手袋も取る。  俺の薬指にもでかいな……くそ……。仕方なくやはり中指に指輪を通す。 「サイズを確認すべきだったな……まあ、いいか」 「あの、ゼノさま、えーと、嬉しいんですけど、でもおれ、ほら、料理してるときは、指輪とかできねーし、基本的につけらんないと思う、けど」 「いい。気にするな。特別身につけておいてほしいわけでも……ああ、いや、おまえはすぐに俺の恋情を忘れるからな。そうだな、首にでも下げておけ」  いつでも、俺を忘れぬように。  自分でもなかなか横暴な言葉だな、とは思うが、今日のハルイは引くどころか耳を赤く染めて口ごもり、素直に礼の言葉を口にした。 「ところで、もう少し派手なものじゃなくて良かったのか? おまえの肌には銀の方が似合うと思うが」 「え。いいっすよ。だってゼノさまは濃紺似合うじゃん」 「………………」 「……え、え? なに? おれ変なこと言った?」 「…………おまえ、この指輪、俺とおまえがつけること前提だったんだな……」 「あ」  言われてその恥ずかしい前提に気が付いたらしい。  俺は別に、おまえに贈るとも二人でつけるとも言わなかった。いや、勿論そのつもりではあったが、言わなかったんだ。それなのにハルイは、当たり前のように片方は俺がつけてもよい、と考えていた。俺がつけるものだ、と考えていた。  ……抱きしめ唇を奪わなかった俺は褒められていい。  勢い余って手の甲とハルイの指輪にキスはしてしまったが。……おまえが普段は見せないような赤い顔を晒しているのが悪い。  俺が調子に乗ってしまう。 「……外、いいな。たまに二人で出かけるのも悪くないどころかかなり良い。習慣にしよう」 「やだ……毎回服迷う……イケメンがイケメンすぎて無理だし無理……」 「今日のおまえの語彙力はユツナキ以下だぞ。そういえばその服、普段と違って中々良い。俺はおまえの普段着も好きだがな」 「これは、その、ユサザキさんがー、基本灰の人たちに流行ファッションはないから、きみの世界で相応だと思う服装をしたらいいって言うからぁー……やっぱデートはシャツなのかなぁってー」 「可愛い。似合っている。寝台の上で脱がせたい」 「ゼノさまそのクソ真面目王子フェイスでぺろっとエロイこと混ぜてくんの、やめてもらえます? ギャップにグエッてしちゃうんで」 「なんだそれは褒めてるのか? 引いてるのか?」 「照れてんの言わせんなばーかばーか」  罵倒がかわいい、などと思うのだから俺は本当に馬鹿かもしれない。もう一度指輪にキスを落とし、後でチョーカーに付けようと言うとハルイは少し笑って、もう一度礼の言葉を述べた。  その熱い手を引き、今度は絹市場の方に向かおうとした時だった。 「…………ハルイ?」  歩き出そうとする俺に対し、ハルイはその場に立ち尽くしたまま動かない。少々引っ張っても動こうとしないハルイは、怪訝な顔で通路の奥を振り返った。 「どうした、なにか……」 「……ゼノさま、この奥って、なんかやばいとこに通じてたりします?」 「奥?」  ふ、と目をやった路地の向こうはスラム化した貧困住居街だが……特に、このあたりの治安が一際悪いというような話は聞かない。宵闇亭を基準にするならば確実に悪いが、例えば足を踏み入れたものは帰ってこれない、というような極端な魔窟ではない筈だ。  そのことを告げると、ハルイがちょっとだけ寄り道をしたい、と申し出た。 「別に、構わんが……急にどうしたんだ」 「いや、なんか覚えのある匂いがして。これ、たぶん、香辛料っていうか食材の匂いなんですよ。えー……灰の種族って、料理って概念ないんですよね?」 「ないな。基本はない。が、根ルルシのように、特別栄養が取れないようなものでも嗜好品にしている物好きはいる」 「あ。こっちだ」  何度か角を曲がり、入り組んだ路地を進む。確かに俺の鼻にも、不思議な匂いは届いてきた。  少しすっきりとした、けれど香ばしいような。なんとも経験したことのない、匂い。甘い匂い、というやつはいい加減覚えたが、これは初体験のものだ。  やがて開けた道の先、俺の目に飛び込んできたのは、……いや、なんだあれは?  紫色の、小さな木の実か? それが、枝ごとわんさかと吊るされている。家と思われるものの軒先に、気味の悪いほどどっさりと。  その家の手前に立ち、奇妙な木の実の枝をせっせと収穫していたのは、見るからにガラの悪そうな男だ。  ちらり、とハルイが俺を見上げる。  視線だけで何をねだられているのか、わかってしまう。仕方ない。これは群青と鉄紺、宵闇亭の従業員の幸福のためだ。決して俺がハルイにだけ甘いわけではない……と思う。おそらく。たぶん。  などと言い訳を重ねながら、俺はため息を飲み込み言葉を吐く。 「あー……すまない。この実をひと房、買うことはできないだろうか」  何か、と聞いて答えられてもどうしようもない。買って食ってリットンに渡した方が早い。  唐突な申し出だったという自覚はある。だが、一応礼儀は尽くした筈だ。俺は久しぶりに他人に膝を下げた。  しかし男は俺とハルイを認めると、あからさまに態度を悪くして睨みつけた。 「はぁ? アンタ、急に何言ってんだ? コレァな、オレの大事な大事な収入源なんだよォ。勝手に捌くわけにゃいけねーんだよ!」 「……高価なものなのか?」 「ったりめーだろ、知らねーのかキッチギの実の効果をよ! コイツァ一粒でガンギマリ! 夕刻の鐘から夜明けの鐘まで萎えることなくギンギンだっつの!」  想像するに精力剤のようだが。男の卑猥な言葉にもひるまず、ハルイが少し小声で顔を寄せる。 「……え、ほんと? ゼノさま、心当たりある?」 「いや、知らん。聞いたこともない。後でレルドに、」 「アァ!? テメェ知らねえのか!? とんだ田舎モンだなぁ! どっから出て来たか知らねーが、ヨソモノはさっさと消えろってんだよ! それともその不細工な召喚獣相手じゃチンコ勃たねーか? そっかぁ、そんなら一粒恵んでやっても――」 「――――誰に」  ヒ、と隣から声が聞こえた。だが、聞かぬふりをした。 「誰に、向かって、言葉を、吐いた」  ああ、最近忘れていた。そういえば、怒り、という感情は胸糞の悪いものだった。

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