20 / 34

白館・暁の宮

「わぁ……」  なんかこう、色んな言葉が浮かんだものの、口に出したらまずいかなぁと思った結果、色んな感情全部乗せの感嘆がこぼれてしまった。  いや、だって、なんつーか……正気か? って感じなんだもん。  白い、白い、白い。全部真っ白。なんなら銀と金も混じってる気がする。  宵闇亭とは街を挟んで対面側に佇む白くて光っていてデカくてなんかゴテゴテした建物。それが白館・暁の宮だった。  荷車の中からでも『え、もしかしてあそこに行くんじゃねーだろうな?』とげっそりするような佇まいが見えた。いざ目の前にすると、尚げっそりする。  宵闇亭が古き良きお屋敷風だとしたら、暁の宮は成金宮殿だ。  おれの『わぁ』を聞きつけた一歩先を行くゼノさまは、ちらりと顔だけ振り返って目を細める。 「言いたいことがあるなら存分に口にしてもいいぞ」 「ええー……いや、やめときます……宵闇亭ってセンスの良い人が設計したんすねー、とだけ……。え、これって大丈夫な発言? 侮辱とかにならない?」 「おまえは俺の召喚獣だ、多少のことでは咎められない」 「あ、やっぱ、場合によっちゃ若干お咎めあるような場所なんすね……ええー、不敬働いたらすいません、って今から謝っときますー。うっかり口から全部出そう」 「おまえは時と場合を理解して憎まれ口を叩くだろう。心配はしていない」 「……その割には、テンション低いっすね」 「ただひたすらに憂鬱なだけだ言わせるな」  言うてゼノさま、三日前からずーっとその苦虫噛み潰しテンションだ。  あんまりにも眉間がしわしわすぎて、耐えられなくて指で伸ばした。三回くらい。そんときは軽く怒られて軽く謝られて、かわいいことをしているとその指食うぞと擦り寄られてうっかりチューを……いやその話はどうでもいい、うん。  とにかく、相当嫌なことは言われなくてもビンビンに伝わってくる。  まぁおれも、『好きでもない奴と子作りしてこい』って言われたらそりゃ嫌だなぁとは思う。思うけど、ゼノさまは娼館の主人だ。  群青は毎夜、好きでもない客に身体を売る。それを生業としているのに自分は嫌だと駄々を捏ねるなんてあるまじきことだ……くらいのこと、思ってんだろうなあと苦笑した。  べつにいいのに。わがまま言っても。  群青ねーさんたちが仕事で娼婦してんのと、ゼノさまが義務で子作りさせられんのは別じゃん? と思うんだけど、ちけーのかしら。どうなの? おれは別の話だと思う。  つーか、別だろうがおんなじだろうが、嫌なものを嫌だと喚くくらいはいーじゃん、と思うよおれは。  結局ゼノさまは苦虫噛み潰しフェイスのまま、今日こうして白館に足を向けたわけだしさ。  えらいなーゼノさま。そんな嫌そうなのに。でもこの義務を放棄すると街と性別の括りから放り出される、らしいから、どうしようもないだけかもしれない。  ゼノさまは宵闇亭の召喚獣を、放り出すわけにはいかないだろうから。  ……うーん、やっぱり真面目だ。そういうとこ、ほんと、あー……いいよね、って思う。  なんか久しぶりに見たゼノさまの正装は、記憶にあるよりかっこいいけど、似合ってない気がしてきた。  やっぱゼノさまは、ペラッペラの装飾品ゼロのシャツ一枚、腕まくりなんかしちゃいながら風呂場の補修をしたり金数えたり群青のマッサージをしたり……そういうのが、似合ってると思う。  重そうに揺れるマント見てたら、なんとも言い難い感情がうわーっと湧き上がってきて、やっぱり帰ろうって言いたくなる。言わんけど。だっておれは、時と場合を理解している召喚獣だからだ。  でも、うわーって気持ちが治まらないからゼノさまに並んで手を繋いだ。  ちょっとびっくりしたみたいなゼノさまは、でも嬉しそうに少し眉を落とした。顔から出てるぜイケメン。あんたの恋情、ほんとに隠すとかできねーのな、かわいいかよくそやろう。 「……そういうかわいいことは、あー……宵闇亭……いや俺の部屋でやってくれないか」 「やーですよ。ゼノさまの部屋で手とか繋いだらそのままベッドに引き摺り込まれるじゃん」 「前科があるような言い方をするな。引き摺り込んだことなどないだろ。一度も」 「いや一回ありました。おれがお茶こぼしたとき。歴史修正よくない」 「あれはおまえが悪い。寝起きに半裸の想い人を見せつけられた俺の気持ちを考えろ」 「我慢しろエロイケメン。つかそんなこと言ったらおれがお茶こぼしたのゼノさまが朝っぱらから耳痒ボイスで口説いてきたからじゃん。おれがドキドキするようなことしたゼノさまが悪い」  お互い視線は前を向いたままだ。それでも顔に熱が上がり、言葉の端が甘くなる。  ぎゅっと手を握り直されて困った。いや、うん、困る。この手、離したくなくなる。 「…………だめだ……おまえが可愛くて余計に行きたくなくなる……」 「えええ……頑張ってくださいよ……てかそんな虐められんの? そんなにこの世界の女ってつえーの?」 「つよい……かどうかもわからん。そもそも会話も稀だ。向こうはともかく、白館での男の発言は厳しく管理されている。女に声をかけるなど言語道断。行為中などほぼ無言だ。なんなら、誰と致しているのかすらわからん」 「え。……目隠しされる、とか?」 「そのようなものだ。俺たちに求められているのは愛などというもったいぶったなにかではない。ただひとつ、子を作るための種だけだ」 「わぁ……。でも、ゼノさまはほら、人気なんじゃねーの? イケメンだし優しいし良い人だし指長くて綺麗だしキスうめーし」 「全て俺の寝台の上でもう一度言ってくれ、存分に言い返してやる。そろそろ口を閉じろよ、この扉の向こうが謁見の間だ」  まぁ、要するに『白館様』がいるところっぽい。  宵闇亭の料理人として『持参』されたおれは、白館様に自己紹介しないといけないっぽい。おえー帰りてー。帰りてーが、ゼノさまやっぱりお腹痛い、なんて言えるわけもない。  腹に力を入れる。  握った手を離そうとしたら、ぎゅっと強めに握り返されてしまった。……このまま行くの? いいの? いや、まぁ、ゼノさまがいいならいいんだけど……。  無駄にゴージャスで馬鹿でかい門の前には、小綺麗な白い服を着た白い髪のおにーさんが立っている。  ゼノさまがその前に立つと、なんつーか無駄に仰々しい礼をした後に、ゆっくーりと扉を開けてくれた。  宵闇亭で一番でかいのは玄関門だけど、あれだってこの門の半分もないと思う。  そんでもって門の向こうはさらにでかい無駄成金空間で、さすがにちょっと笑いそうになって一生懸命息を飲み込んで変な声出そうになった。  いやだって、なんか……あの奥の椅子に座ってんのがたぶん、白館様ってやつなんだろうけど……衣装がごてごてしすぎていて、どこが顔なのか探しちまったんだもん……。  だだっ広いあからさまな広間! って感じのホールには、数人の女性が寛いでいる。この世界の女性を初めて見たけど、まぁ、男と同じでわりと人間に近い。ただし巷の男より、格段にいい服を着ているのはわかる。  一生懸命真顔を作るおれの横で、ゼノさまがぼそっと『服に食われたみたいだな』とか言うのもダメだった。笑わせんなくそ。 「まぁまぁまぁ、なんと久しいな、黒館殿!」  随分遠くから、張り上げた高い声が届く。  遠すぎて見た目だけじゃ性別不明だったんだけど……つか白くてよくわかんなかったんだけど。その声は、男性だ、と思う。たぶん。  やたらと高くて鼻にかかった話し方は、ちょっとだけレルドさまを思い出す。けど、レルドさまっぽいなーなんて思ったのはレルドさまにくそ失礼だったということを、おれはすぐに思い知る。 「……今宵の招待を受け、謁見に応じた。変わらずのようだな、シェルファ」 「此方の名を呼ぶことを許される者は、此方の愛した者だけぞ。身を弁えよ黒館殿」 「俺はその呼び名が嫌いなだけだ。おまえとは趣味も嗜好も違ってありがたい限りだな」 「まぁまぁ……減らず口が過ぎること過ぎること……膝も落とさずなんと無礼なことか」  言われて渋々、という顔を一切隠さず、怠慢丸出しでゼノさまは膝を落とす。  わぁ。……喧嘩腰のゼノさま、こわぁい。でもちょっとカッコいい。  普段そこそこ温厚な人の『イラッ』とした顔っとときめかない? おれはちょっとキュンとする。まぁ、その苛立ちがおれに向かってないことが前提だけど。 「変わらずというのならば其方こそ変わらずの横柄さよ。卑しい黒館の分際でよくぞ此方を侮辱できたものぞ。ああ、むさ苦しい黒だこと。これより訪れる憎っくき黒期にそっくりぞな」 「その口調疲れないか? 見たくないと言うのならありがたく金輪際この目に痛い建物には近寄らんがな。さっさと要件を言え」 「生き急ぐは早漏の証ぞ」  あからさま過ぎる暴言の後に、クスクスと笑う。  あまりの言葉の数々に、うっかり放心していると、ゼノさまがチラッとおれの方を見た。その目線はあれだな? 気分を害していないか大丈夫かっていうイケメン配慮だな?  勝手にゼノさまとツーカー気分になったおれは、びっくりしただけですよーって視線を返す。伝わったかわからんけど、とりあえずおれが泣いたり怒ったりしていないことはわかってくれたみたいだ。  まぁ、くそみたいな人間への耐性はそれなりにあるもので。  詰られればムカつくし、嘲笑れれば腹は立つ。けど、やばい奴には正論返したところでどうにもなんないってことを知っている。  はー、すごい。どシンプルに嫌なやつじゃん、すごい。やっぱりおれはラッキーだったんだよ、と己の運命を振り返る。  過労で死んで、やっと解放されたーって思ったのに、目を覚ましたら知らん土地で召喚獣として働かされることになった。ここまで一緒だったとしても、目の前にいたのがあの白い男だったなら、おれの今世は大変な罰ゲーム間違いなしだ。  あと今更気づいたけど、どシンプルクズ野郎白館さまは相変わらずプークスクスしてんだけど、周りの女性たちはべつに笑ってはいない。  それどころかゼノさまに向けて、わりと好意的っぽい微笑みを浮かべたり、きゃっきゃと囁き合ったりしている。ちなみにおれの隣のイケメンは、苛立ちすぎていて周りの視線なんぞしるか状態っぽい。  ……いやこれ……ゼノさまもしかしなくても大人気なんじゃねーの……?  そう思った瞬間、胃の辺りがなんかこう、ずしっと重くなる。あー……うん。いやだな、これ。この重さ、おれ、知ってる。 「俺を侮辱して気持ち良くなる分には好きにするといい。が、俺は生憎とさっさとこの場から立ち去りたい。一日でも早く宵闇亭に戻らねばならん。俺はともかく、当館の料理人を招いた理由を話せ」 「これはこれは……まさかその貧相な小僧が料理人だとは! 此方はおまえの小姓かと、」 「さっさと、話せ」  ゼノさま渾身の一際ドスの効いた声に、白館野郎どころか周りの女たちも若干引いたのがわかる。ちなみにおれはキュンとした。なんか最近新しい扉開いちゃってる感がある。 「……料理人を持参させたのは、それは勿論料理をさせるため以外他ならぬ。きけば中々の腕前だというのに外では振舞わぬとか。是非とも此方の料理人と勝負させようではないか!」 「断る。なんの益にもならん、時間の無駄だ。俺の料理人は見せ物ではない」 「………………断れまい。この勝負、此方ではなく、彼女たちが望んでいる」 「……………」  あ。そっか、女ってまじで立場が上なんだ。いつか聞いた、レルドさまの言葉が蘇る。 『女はこの街を一切知らずに白館の中で生まれ、白館の中で子を産み、白館で子を育てて一生を終えるのよ。勿論、最大限の贅沢を貪りながら』  ……白館さまですら、女たちの意見には逆らえない。勿論、黒館であるゼノさまも。たぶん、そういうことなんだろう。  いや、おれはそのー、勝負するほどの腕じゃないしどうせ負けるだろうし、だからって傷つくようなプライドも待ち合わせてないからどうでもいいんだけど。  ぐっと息を飲み反論を考えているらしいゼノさまの腕を引っ張る。 「別におれはやってもいいっすよ。料理勝負」 「……ほう、其方、言葉を学んだのか。黒館は大層暇なのだなぁ……」 「いやくそ忙しいっす。てかおれ、正直そんなメシウマじゃねーし、多分負けると思うんですけどぉ……白館さま、おれが勝ったらなんかしてくれるんです?」 「ハルイ、おまえ……っ」 「だって勝負なんだから、そういう褒美とかあった方が燃えるっしょ?」  ね? と女の人たちに向かって笑いかけると、ざわざわっとした彼女たちにゆるやかに笑顔が広がる。まぁ、なんて面白そうな遊びなのかしら! ……ってとこかな。 「ふぅむ。……ま、よかろう。此方もその程度の懐の広さは持ち合わせておるぞ。其方が此方に直接声をかけた無礼はまぁ、許そう。黒館殿の教育が悪いのだろうな。では……黒館の料理人、其方が勝てば、なにかひとつ褒美を取らせよう。代わりに此方が勝てば、黒館殿の呼び出しを二度ほど増やす」 「なっ…………!?」  あ、やっべー。そっちが本命だったのか?  と思ったけどもう遅い。  絶句しているゼノさまをチラッと見上げて、えへへごめーん、って笑いかけると、結構デカめのため息が返ってきた。まぁほら、おれがやる気満々になんなくても、結局ふっかけられて逃れられない喧嘩だったでしょ。  じゃあせめて、目の前に人参ぶら下げられた方がマシだ。 「して、黒の料理人はなにを褒美に願う?」 「勿論ーゼノさまの今回の『お呼び出し』の取り消し! です!」  隣のイケメンがなんか言いたそうにめっちゃ睨んできたけど、うるせー知るかーとおれは思う。  みんなが我慢してるのに自分だけ、なんてゼノさまは悩みそうだ。でもおれは、ゼノさまが知らん女とセックスすんの、嫌だからわがままぶっかますよ。  ……勝てるとは、思ってないけどさ。

ともだちにシェアしよう!