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麗し芳し宵闇亭:01 ハルイ

「うっわ、えっぐ……」  思わず口から零れた言葉に、苦笑いを返したのは今日もスペシャルアルカイックスマイルのユサザキくんさんだった。  その手には、ダーさんお手製のでっかい園芸用鎌が握られている。  ニッコリ、笑えば笑うだけホラー映画のシリアルキラーみたいでおもしろいんだけど、これ誰にも伝わらないんだろうな……と思ったから黙っておいた。シャツにサスペンダーなんつー、ザ☆カントリースタイルが良い味出しすぎている。  おおむね楽しい異世界生活のなかで、『おれしかわかんねー地球(もしくはジャパン)あるあるネタ』を共有できないのは辛い。逆に言うとまあ、その程度しか不便を感じてないんだけど。それもどうなんだと思わなくもねーけど……とりあえず比較的元気に、今日も宵闇亭の仕事をこなしているわけだ。  本日のおれの仕事は、いつものまかない飯づくりとはちょっと違う。右手にはハサミ、左手には麻袋。そして今おれとユサザキさんとその他大勢の従業員が一堂に会しているのは、宵闇亭の中庭だった。  時は黒期、真っただ中。  白期と黒期って、単純に北欧とかの白夜と黒夜みたいなもんなの? と思っていたけど、実際の黒期はどうも『恒星が隠れているから暗い』ってだけじゃないっぽい。  どうも空気中の魔元素? とかいう奴がやたら濃密になるらしいのだ。  この世界において魔元素ってやつは、簡単に言うと命の源だ。  作物は水と光と養分ではなく、魔元素を栄養にして育つ。そして各種族も召喚獣も、この魔元素を身体に取り込むことによって活動しているってわけだ。  ほとんど闇と言っても過言ではない暗闇だけど、時刻は昼過ぎくらいだ。  ほとんどつけっぱなしのランタンの光に照らし出された中庭は、なんつーか……うん。ジャングルって感じだった。  極彩色のジャングル。他になんて言ったらいいかわからん。 「え、なにこれ……ユサザキさん、手入れさぼったの……? それとも庭の花たちが急激に自我を持って繁殖しはじめたの? 中庭の反乱? 下剋上がいま始まる?」 「いや始まらないし反乱してるわけじゃなくて、これは通常の状態です。……本当だから、その、うそぉーみたいな目はよくないよ」 「うそぉ……だってぇ……白期の時はあんなにお上品なお庭だったのに……」 「あれは白期だったから。黒期はね、すべてのものが栄養マシマシでいろんなものが氾濫しちゃうんだよ。……といっても、こんなにこう、爆発しているのは僕も、そのー、初めて見たけど……」 「え。ユサザキさん、やっぱなんかやらかしたんじゃないっすか?」 「僕じゃないです。ハルイさん、すぐ僕のせいにしたがるね」 「できる男はちょっとうっかりしてるくらいが可愛いかなと思って」 「褒めてるのかな、それ……まあ、うん、いいけど。これはね、えーと……リットンさんからもらった、そのー……肥料用の魔法陣が、やたらと効いちゃったみたいで」 「なにそれうける。リットンさーん! この庭リットンさんのせいだってぇー!」 「えええ……!?」  ちょっと遠くで花をモリモリ狩っていたリットンさんが、慌てたように立ち上がって首を振る。  つかリットンさん、農場の人なのに普通に宵闇亭の仕事に混じっていて面白い。 「ぼ、僕のせい……!? えっ、いや、肥料魔法陣が原因ですよね!? それは確かに僕がユサザキさんにお渡ししましたが、あー……あれ、あの、作ったの、イエリヒさんなので……」 「あー……」 「でたぁー、おもしろハイスペック召喚士ー」 「それなら仕方ないというか、納得だね……あの人、世界のバランス変えちゃいそうでちょっとコワイんだよね……」 「能が天元突破してるヒヨコっすからね。こっわ。んで、イエリヒさんのおかげさまでモリモリ咲いちゃった花を、モリモリ刈り取るお祭りなうってわけです?」 「まあ、そんなとこかな」  うん。つまりおれは今日、庭師見習いとしてお花を刈り取るお仕事をするわけだ。シャキーン。……まあ、手の空いている群青も総動員なんだけどね。  向こうの端でとんでもねー速度で花を摘み取っているのはカザナパイセンだし、たっぷり花の入った袋をえっさほいさと運んでいるのはフールーさんだ。  たぶんどっかにユツナキちゃんさんもいるんだろうけど、花に埋もれちゃってんのかも。たぶんあの人は労働力にカウントされてないと思うから、それでいいんだろう。どっかで踏まないように気を付けよう。  黒期の宵闇亭は定期的に花を刈り取り、専門の業者に買い取ってもらっているらしい。街中に植物が見当たらなかったのは、黒期の世話が面倒だからか、と思い当たる。  宵闇亭が中庭を持っているのは、全面的にきちんとユサザキさんが管理できる、という信頼があるからに違ない。  花はできれば色ごとに分けて袋へ、つぼみも容赦なく摘んでヨシ。枝を折っても問題なし。とにかくモリモリ刈り取るべし。  そんなざっくりした説明を受けたあと、おれも極彩色ジャングルに足を踏み入れる。  ふわ……どころじゃない、濃厚な花の匂い。  一輪とか花束くらいなら麗しいじゃないのーって思える花の香も、こんだけ大量に押し寄せると、ちょっと暴力的だ。  ニスヌフに頼んで、マスク作って貰ったらよかったなぁ。今度掃除用に作ってもらおう。  そんな事を考えつつ、途中、マジで地面に転がっていたユツナキちゃんさんをうまいこと回避しつつ、気が付けば結構黙々と作業に集中していた。  日常と違う作業ってのは、結構楽しい。  あとおれは、単純作業わりと好きだ。茶摘みってこんな感じなのかな~ていうか葉っぱも狩っていいならこの機にお茶の試作品作って保存しとこうかなーこれってユサザキさんに許可取ったらいいのかな? それとも、もっと上?  いや、上って要するにゼノさまなんだけど。  そういや今日は朝からバタバタしてたな、ゼノさま。なんか客人来るから、みたいなことを言っていたような気がしないでもない。  いつもはお茶と菓子の準備を頼むって言われるのに、今日は何も言われなかった。  かといって会いたくない奴が来る……みたいなげんなり感もなかった。レルドさまがアポ取って来た時より、全然マシな顔色だった。あの人は相変わらず、レルドさまのことが苦手だ。  ていうかゼノさま、なんでもかんでも顔に出すぎだと思うんだよね。  一見しれっとしたポーカーフェイスぶってるけど、どう見ても顔から感情がだだ漏れしてる。最近は気が付くとナチュラルイケメン笑顔を向けられるし、マジでやめてほしいと思う。  イケメンは仏頂面でもイケメンだけど、笑うと十割増しでおれがキュンとしてしまうからやめてほしいマジで本気でやめてほしい。  えー……まあ、その、お付き合い、している状態なんで、キュンとしても誰も怒んないんですけどー……。  ていうかお付き合いなのか? どうなの? 恋人って制度この世界にないんでしょ? と思っていたものの、あのイケメンがおれに対する態度ってのは完全にでろ甘恋人仕草そのものだ。完全に彼氏面ですどうもありがとうございます。  イケメン野郎に彼氏面されるたびに、一々ぎゃーって悶えちまうおれもしっかり彼女だよ……いやおれ男だからおれも彼氏なんだけど……。  などと、己のイケメンへの耐性のなさに腹を立てつつモリモリと花を摘んでいるたところだった。 「うっわ、やっべ、うける」  むせかえる花の匂いの合間に、だらりとした低い声が飛んできた。  ちょっとやる気がない感じの、ぽーんって投げた感じの男の声だ。  言うてここは娼館だから、圧倒的に女の召喚獣というか従業員が多い。営業時間外の男の声は、相当異質だ。 「何ぶちまけたんだよこれ……青の品種はこんなえぐい増え方しねーだろうがよ、何股に分れてんだ。なに? そういうやべー品種改良が趣味の新種の召喚獣来たわけ?」 「いや……俺が直近召喚したのは料理人だから、庭とは関係ないと思うが……」 「ふぅん、料理ねぇ。残飯の栄養が回っちまったのか? いや、それにしたって豪勢すぎんだろ。まあ、いいけどよ……摘むのオレじゃねーし……」  がさごそ、目線なんて目じゃない程高くまで茂る中庭ジャングルの草木をかき分け、おれは宵闇亭の裏口を目指す。  やっとのことで辿り着いた出口で目にしたのは、三人。  ひとりはさっきまでおれがぎゃーとかわーとか思いながら思い浮かべていた宵闇亭の当主様ことゼノさまこと、おれの、あー……はい、恋人様。  残りの二人は全然知らない顔――いや、顔もわかんねーな、なんだあのガスマスクかっけーな。  ジャングルから飛び出したおれを見つけたゼノさまは、ちょっと顔を崩してから手招きする。  お、なんだイケメンその仕草イケメンだからやめろ? おれがキュンとするからやめろ? と思いつつも素直に近寄ると、頭の上をザっと撫でられ、『花がついている』と笑われた。  ヒィ……。いや、その、イケメンありがとうございますなんすけど、まず先に隣で呆気にとられているお二人を紹介してほしいですイケメン……。  背の高いおにーさんと猫背のガスマスクメンが、めちゃくちゃこっちを見ているのだけはわかる。  わかるよ、うん、おれだってそろそろわかる。こういうとき大体次に出てくる台詞って奴は決まっている。 「……アンタ……普通に笑うことってあんだな……」  ガスマスクメンは予想通りの言葉を呟いて、更に半歩くらいリアルに後退った。  ほら、予想通りだ。ゼノさまは笑顔を引っ込めてすごい嫌そうな顔をするけど、正直そこまで予想通りだ。わかりやすい男かわいいかよ。 「常々思っているんだが、俺はおまえたちにどんな男だと思われているんだ……笑わない怪物か?」 「そんなたいそうなもんじゃねーだろ。仕事に忙殺されて笑うような趣味もってねー駄目な男くらいなもんだろ」 「…………」  ゼノさま、反論できねーでやんの。  ていうかガスマクスメン、まったくもってその通りすぎるし、なんかこう、言葉が気持ちいい。  声は低いし、ガスマスクのせいかちょっともごもごしてるし、喋り方もちょっとこえーけど、どうやら中身は普通の人……いや召喚獣なのか原住民なのか知らんけど、とにかくゼノさまと気安く言葉を交わす程度の間柄だ、ということはわかる。  咳払いひとつで無理矢理気分を切り替えたらしいゼノさまは、二人の客人を紹介してくれた。  緑が混じった深い色の髪、背は高いけどガリガリで猫背、『よっす』と気軽な感じに手を上げる、どう見てもガスマスクなガスマスクを被ったフルフェイスさっぱりわからんおにーさんが、ギャリオさん。  イエリヒさんやリットンさんみたいな明るい色の髪、背は高くて筋肉もしっかり気味、やたらと姿勢が良い笑顔の三枚目系イケメン野郎が、ミノトさ――。 「やぁ! きみが噂の宵闇亭の料理人だね!? なんと、とてもきれいな深い色の瞳だ! ミッケリの人々に似ているけれど彼らよりも瞳は大きいね。その甘い髪色は……うん、白期のニギの穂のようだ!」  ……急に手を握られてずいっと迫られ、思わず仰け反ってしまう。  圧が……強い……。  なんかこう、レルドさまも圧が強いけど、あの人とは別のキラキラした何かを感じる。一番近いのはえーと、農業のことを語ってる時のリットンさん……。  ミノトさんに手をぎゅっと握られながら、つま先から髪の先まで逐一褒められ、ふえええこんな時どんな顔したらいいかわからないのぉ、ってゼノさまに助けろくそ野郎っていう視線を投げると、呆れた顔のイケメンじゃなくてガスマスクギャリオさんの方がミノトさんの手をパシッと叩き落してくれた。 「痛い!」 「痛かろうよ、痛くしてんだよ。おら、困ってんじゃねーか青年が。おまえとりあえず初見の奴にぐいぐい迫るのやめろ、そういうことしてっから熱烈に好かれたり嫌われたりすんだよ」 「いやぁ、どうも……召喚獣は本当にいろいろで、素敵なことが多くて、つい……」  なんかお説教タイム入ってる二人を横目に、ゼノさまの横にそっと並ぶ。 「……で、あの人たち、何者なんすか?」 「ん? ああ……ギャリオは調香師だ。増えすぎた庭の花を、この時期になると買取に来る」 「あー。専門の業者さんってこの人たちかー」 「すまないが、厨房を案内してやってくれないか。というか、しばらく朝方の厨房を貸し与えてやってほしい。いつもは花を持って帰ってもらうんだが、なにせ今年は増えすぎた。下処理だけでも宵闇亭の中でやりたい、という話だが、適した場所が厨房しかない」 「はあ。別にいいっすけど」 「俺はこの後ギャリオと仕事の話がある。厨房の案内はおまえから、ミノトにしてもらうつもりだったが……」 「……なに。あ、さっきの? 手ぎゅってやつ? 気にしてんの?」 「…………別に、不貞を疑う気はさらさらないが、それはそれとして俺の知らぬところで触られるのは嫌だな、と」 「わぁ。独占欲きもちーからやめろイケメン」 「おまえのその、寛容な軽やかさを好いているよ」  額にちゅっとキスされて、おれは! あんたのその! くそみてーな甘さが好きですけど時と場合を考えてください! とできるだけ小さい声で抗議したのにたぶん客人にはバレていて、なんか生温い視線をいただいてしまった。  つらい。かゆい。でもこういう甘っ痒い宵闇亭での生活が、おれは好きだから仕方ない。 「それじゃあ、頼んだぞ。何かあればユサザキを頼れ、しばらく執務室は人払いをする。ギャリオ、後の話は上でするぞ」 「へーい。じゃあな、料理人。……おまえ、おもしれー匂いすんなぁ、ふふ。うちの馬鹿をよろしくな」  ひらひらと手を振るギャリオさんと、ゼノさまを見送ったあと。 「あのー、袋がいっぱいになっちゃった場合は新しいものを……あれ? ユサザキさん、こちらじゃなかった?」  がさ、と中庭ジャングルから顔を出したのはリットンさんで、おれはミノトさんと再度自己紹介し合っていたところで、……うん。間の悪いことに定評のあるリットンさんは、やっぱり秒で手を握られていた。  うーん……ミノトさん、なかなか面白おにーさんだな……? 「やぁ! きみも始めてみる顔だ、一体どんな召喚獣……え? なに? 灰の種族? なんだ、それなら私と同胞だ! きみの瞳もとてもきれいな色だね、どうして隠しているんだい? もうすこしよく見せてくれな……わ! どうして逃げるんだい!?」 「ハルイくん誰!? この人誰!?」 「えー。花買取に来た人だってさ。そういやギャリオさんは調香師って聞きましたけど、ミノトさんも調香師さん?」 「いや、調香師はギャリオだけだよ。私は彼の付き添いかつ現在の召喚主だ」 「あー。あの人、やっぱ召喚獣なんだ。髪の色濃いからそうかなって思ってたけど。じゃ、ミノトさんは何してる人?」 「私は調香師見習い兼、吟遊詩人兼、荷運び兼、ギャリオのお世話係だね!」 「すげー全部乗せだな」  おもしろおにーさんが胸を張る。そのあまりの堂々っぷりに、ふは、と笑ってしまった。  ギャリオさんのことはよくわからん。顔も見えないし、まあ、悪いヒトじゃなさそうね、って事くらいしかわからん。でもおれはミノトさんのこと好きだなと思う。  おれは宵闇亭のことしか知らない。外の人間なんて、リットンさんとイエリヒさんとレルドさまくらいしか知らない。だから、外から来た客人って奴にちょっとだけビビってたんだけど。  ありがたいことに、宵闇亭に来る客は、今のところ生温いくらいに優しい男ばかりだった。

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