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のどにつかえるきらきらしたもの

 あれは五歳の頃。  蛍はその頃乗れるようになったばかりの自転車で出かけようとしていて、膝を怪我した。  こんなのたいしたことない。  じわっと涙をにじませるものは、痛みではなかった。  両親は家にいない。二人揃って生れて間もない妹の検診にでかけていたからだ。  両親は蛍をいつも「しっかりしてて助かるわ」と褒めてくれた。だからこんなことで泣いたらだめだ。たとえ今、両親の興味が妹にだけ向かっていても。  どうやら転んだときに鍵もなくしてしまったようだ。家にも入れず膝を抱えていると、不意に声が降ってきた。 「ほたるん? どうしたの?」  大きな瞳を心配そうに揺らしてこちらをのぞき込んでいるのは、隣の家に住む同い年の少年、篤史だった。この辺り一帯は、同じ製薬会社勤めの家族が多く住む。前島家と榊家も家族ぐるみの付き合いだ。  知った顔にほっとしたけれど、それを知られるのも恥ずかしくて「別に」とだけ応じる。と、篤史の顔が歪んだ。 「怪我してる」  まるで彼のほうがどこか痛むような顔をする。「平気だ」と告げようとした言葉は「へ」で止まってしまった。  篤史が、なんのためらいもなく蛍の血の滲んだ膝に唇をつけたからだ。 「――っ」 「ごめん、痛かった?」  蛍が息を呑んだ気配に気づいたのか、篤史は気遣わしげに首をかしげる。  痛いとか、そういうことじゃなくて……いや、やっぱり痛い、のか?  胸と喉の間、鎖骨の谷間辺りが、痛痒い。  ――なんか、むずむず、する。  ひっかきたいのに届かない。急に生れたなにかが、蛍の言葉を詰まらせた。 「血とか、土とか、汚れてる、から」  かろうじてそれだけ告げると、篤史は不思議そうに首をかしげる。 「だから、早く綺麗にしてあげなくちゃでしょ?」

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