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第3話
「俺はこれが好きかな?」
没原と称された『初恋はストリキニーネの味がする』の代わりに水坂は何遍か、平日、仕事をしながら書き溜めた作品を墨野に渡した。
どの遍も今度の3月末〆切のミステリー新人賞に出すのを想定して書いていたもので、中には探偵役が別の殺人事件を引き起こしたり、双子だった犯人が実は3つ子だったりというミステリーのタブーみたいな話もあったが、墨野はそのうちの1遍を水坂に渡す。
それは奇しくも、先程、金庫に押し込んだ没原と同様、犯人が初めて恋をした男が別の女性と結婚することになり、男を思う余り、ストリキニーネを珈琲に盛って毒殺したという筋書きだった。
「ああ、これか……」
水坂はチラリと金庫の方を見てしまいそうになるのを避け、原稿に視線を落とす。原稿にはまだ題名がなく、『初恋』と印字されているものの、二重線が引かれていた。
「題名がイマイチ、思いつかなくてさ。ミステリーだから例えば、『初恋相手が私以外と結婚するので、ストリキニーネで殺します』じゃヤバいし」
「まぁ、確かにそれじゃ、犯人はバレバレだよな。倒叙ミステリーはあるにはあるけど」
「まぁ、被害者の男も犯人が初恋相手って設定にでもすれば、『初恋』でも良いんだろうけど……」
水坂はそこまで言うと、心の中で乾いたように笑った。
言うまでもないことだが、作中の被害者の男は墨野、犯人は水坂がモデルだ。
墨野も水坂が好きで、水坂が初恋の相手だなんて、今時、三文小説でもない。
「(小説でも許されない……か)」
いっそのこと、小説は小説と割り切ることができれば、苦しみも幾分か少なかったかもしれないのに、夢や理想さえも水坂は小説に託せない。
しかも、墨野は作中でどんな思いだったかも分からず死んでしまう。他でもない、水坂の手によって……
「珈琲……じゃなくて、紅茶にするか」
「おう、紅茶が良い! 紅茶、紅茶! なんせ英国紳士だし、俺?」
基本的に墨野はどちらかと言えば、珈琲を好んでいて珈琲を使ったメニューなんかも好きなのだが、意外と繊細な感覚の持ち主のようで、毒殺で特に、その毒が珈琲に混ざっていた小説を読むと、何となく珈琲が飲めなくなるのだと言う。
「はいはい。じゃあ、クッキーとかも持ってくるよ。バレンタインで、会社の人がくれたのが沢山あるから」
待ってろ、英国紳士と揶揄うと、墨野を残して、水坂はポットのある部屋に向かった。
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