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第2話
「いえ、ガテオのお菓子はとても美味しいです。それに、材料も体に優しいものを使われていて、凄いと思います。ゼミのみんなの評判もとても良いんですよ」
「ゼミ?」
思えば、彼がどこの何者であるか。
木村は今の今まで知らなかったし、人生で初めて恋らしい恋をしたということもあり、木村が思う以上に舞い上がってしまったのだろう。特に気にしたことはなかった。
そう言えば、木曜日の午後2時頃に来店することしか知らず、名前さえ知らない……と木村は心の中で自分に呆れると、言葉を続ける。
「どこかの大学の先生なんですか」
「あ、何回もお世話になっているのに、名前も名乗っていなかったですね」
客である彼は特に名乗る必要はないものの、律儀に「大隅(おおすみ)です」と名乗る。そして、「もし、良かったら」と名刺とリーフレットのようなものを鞄から探して、木村に渡す。
「生和大学文学部、西洋史、講師……大隅顕助(けんすけ)さんと、公開講座一覧?」
木村は大隅から手渡された名刺とリーフレットの文字を口にすると、大隅はふわりと笑う。
「ええ、そんな大きくて立派な講座じゃないんですけど、講座を1つ、やってみようということになって。いつもお菓子をあげている4人のゼミ生と小さな劇をしていって、西洋の美術の移り変わりについて講座をしていければ……と考えています」
「へぇ、それは面白そうですね」
木村はそんなことを言いつつ、もう1度、大隅からリーフレットに目を落とす。実は、木村はフランスへ留学する為、英語とフランス語を中学生の頃から学んでいたが、勉強というものがあまり得意な少年ではなかった。
「(もし、これ、行くなら途中で寝ないようにしねぇと……)」
木村が大隅に悟られないように、ひっそりと決意すると、大隅の名刺とリーフレットをレジの置いてある台に備えつけられた引き出しにしまう。
「お買い上げ、ありがとうございました。外までお持ちしますね」
他の客がいない時、木村は買ってもらったケーキ類を店の外まで運び、「ありがとうございました」と言うのはガテオでは普通のことで、この日も木村は大隅の買った季節のフルーツゼリーを運ぶ。本日のフルーツゼリーは苺をメインに、フランボワーズとブルーベリーを少量あしらったゼリーで、本格派のDIYを伝授した後に近所の人達を囲んだ試食会でもなかなか評判だったものだった。
「今日のゼリーも綺麗で美味しそうだったので、凄く楽しみです」
大隅は木村からゼリーの入ったキャリータイプのケーキボックスを受け取る。残念だが、今日の大隅との時間はここまでのようで、大隅は大学へ戻るだろう。
だが、その時間は木村が思うよりもほんの少しだけ続いた。
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