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第4話

「はぁ……」  数日前のあの日、木村としては大隅の名前だけでなく、どこの誰でということも分かり、凄く良い日になる筈だった。だが、大隅が車に轢かれそうになっていたとは言え、腕を掴んでしまい、言葉少なに大隅を見送ってしまったことは恥ずかしいことだった。 「(俺ってヤツはなんてダメなヤツなんだろう……)」  木村はフランスに3年程、パティシエの勉強する為、滞在していたこともあり、同僚のパティシエ達や親しくなったアパートメントの住人達とはビズという頬にキスをする挨拶を交わしていた。それが大隅の腕をとっただけで狼狽して、大隅に嫌な気持ちにさせてしまったのではないかとか、そこまでいかなくとも、他の人と同じように接することができずに落ち込んでいた。 「(しかも、もう明日なのに……)」  木村は金曜日のガデオの営業が終わった後、レジ……ではなく、レジの置いてある台に備えつけられた引き出しをそっと開けた。  生和大学の白と緑を基調とした名刺に、同じく白と緑が目を惹くリーフレット。大隅の話では劇をするということだったが、木村が講座内容を何度となく見ると、劇というよりはミニコントのようなものらしく、特に事前申し込み等は必要ではなかった。 「(まぁ、もし、講座が見れそうになかったら、部屋のドアとかにかけてくれば良いか。試作品に毛が生えたようなものだし、渡せなくても良い)」  生和大学のホームページを見ると、大隅の研究室は史学棟の3階にあるらしい。  木村は次の日である土曜日、いつもやっているフランス料理の講座は休んで、今度、店に並べようと考えているブラウニーを1人ずつ丁寧にラッピングしたものを持って、生和大学にいた。 『大隅先生へ  ガデオの木村です。講座、お疲れ様でした。ゼミの皆さんでどうぞ』  初恋の相手に送るにしては素っ気ないメッセージカードだが、運悪く、大隅以外の者に見られるかも知れない。  それに、この間、腕をとってしまったのにも下心があったなんて思われたら、今度こそ大隅に気持ち悪がられるかも知れない。 「あ、木村さんじゃないですか!」  木村がこそこそと大隅の研究室の方へ向かおうとしていると、誰あろう大隅が駆けてきた。どうやら、大隅は講座に必要なものを取りに研究室へ戻ってきたところのようで、そこに木村は鉢合わせてしまったらしかった。 「嬉しいです。講座、来てくださったんですか?」  大隅はそう声を弾ませると、バタバタと研究室へ入り、筆記用具や鋏の入った箱とクリアケースを用意して、木村と会場のある棟へと向かう。会場の外には何人か、大学生がいて、大隅と親しげに話していることから彼のゼミの学生だということはすぐに分かった。

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