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第4話

 おしゃべりの途中。不意に大きな手が伸びてきて僕の頬に触れた。 「え、なに?」  いやなわけではなかったけど、びっくりして跳ね除けてしまう。  ハッとなった昂輝の手が中途半端な位置で止まった。 「なに、急に」  僕の肩には妙に力が入っていた。 「睫毛ついてた」 「え、あ、そう?」  僕は自分の顔を指先でぬぐう。  なぜだかその指が震えていた。  昂輝に頬を触られて、一瞬だけなのに凄くびっくりしたのだ。  でも恋人同士ならこういう風に触れ合うこととかあるよね。  そんなことで引いてたらエッチとか出来ないじゃないか。  エ、エッチって……、  僕いま何考えた? 「俺に触られるのいやだったか」  暗いトーンの声。  仏頂面。  そういう顔しちゃだめだよ。イケメンが台無しだ。  そう言おうと思ったけど思いとどまる。  なんかシリアスな雰囲気だったからだ。  昂輝怒ってる? 「なんなんだよ、お前。俺のこと、お前から好きだって何度も言って来たくせに。触られるのもいやなのか」  場所が場所だけに、昂輝は声を潜めて非難してきた。 「そうじゃないよ。そうじゃないけど」  思考がついて行かない。昂輝の不機嫌の意味が掴めない。自分の胸の内も掴めない。こんなことはじめてだ。 「おっかなくて」  口からついて出たのは自分でも思いもよらない言葉だった。 「和己」  少なからずショックを受けたようで鋭い眼で昂輝は僕を睨む。 「お前今までどういうつもりで俺に好きだって言ってたんだよ」  拗ねたようにしぼむ声。 「好きだよ。それはホントだよ。ただ……」 「こんな些細なことも許せないのか」 「そうじゃないよ」 「俺が怖いのか」 「昂輝が怖いんじゃないよ。でも……」  僕は考え込んでからつっかえつっかえ話した。 「好きだったら、好きだから、これからどうなるんだろうって思ったら、二人でどうするんだろうと思ったら、怖くなった。僕そういうのよく分かんないよ」  これから先、好きだったらなにするんだろ。  イメージは朧だ。  手を握ったりするのかな。  今までだって体育祭とかでそういう場面はあったけど、つきあいだしたら意味がまったく違うだろう。  キ、キスとかするのかな。  僕と昂輝が?  好きな人同士がするもので、確かに僕と昂輝も好きな人同士なんだけど、もっと、なんていうか大人の男の人と女の人がするもので、……まったく実感が湧かない。  どんなのがキスなんだろう。  唇を押し付けるだけじゃなくて、もっと凄いのだってあるんだよね。  昂輝の唾液とか舐めちゃうのかな。  僕の唾液とか舐めてくれるのかな。  僕と昂輝がそういうキスをするかもしれないってこと?  嘘だ。ハズい。  し、舌とか絡めちゃったりするの?  うわーーー。  もう、やだーーー。  昂輝の顔が真っすぐに見れない。 「昂輝のこと好きだよ。好きだけど、その、キ、キ……」  顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。 「なんだよ。言えよ」  口の中にかき消えた言葉を追及される。  キスとかエッチとかどうするの。  そんな言葉、昂輝に向かってとても言えない。  それこそ未知の領域で、想像もつかないし。  それに、あの、男同士ってお尻使うって聞いたことがあるような。  それって本当?  どうやって?  頭の中でもやもやと画像が沸き上がる。  細かいとこは分かんないけど、僕と昂輝が抱き合ってるイメージ。  うわーー、もうだめだ。 「あの。昂輝。なんか僕、気分悪くなっちゃって」  言い訳をして手で口元を押さえる。  どっちかと言ったら……、いや間違いなく、僕、お尻を差し出すほうだよね。  男らしい昂輝にはそっち側は違うと思うし。  僕は昂輝にかわいがられたいんだし。  僕のほうが受け入れるんだと思う。お尻で。  その場面を想像すると動悸が止まらなくなった。 「ごめん。今日は帰る」  吐き気とは違うけど、バカなことを口走りそうでやばい。  テーブルに広げていたノートを急いでしまう。  手がすべってペンが床に落ちた。 「大丈夫か」  昂輝も立ち上がった。 「送ってく。そんな状態のお前を放っておけるか」 「い、いいよ」 「送ってく。お前は俺の大事な奴だから」 「でも」  どさくさ紛れに放たれた言葉がじわじわと染みて来る。  感動した。 「好きな奴の面倒くらい俺はみたい」  素で言われて僕は頭をはたかれたような衝撃を受けた。  昂輝が僕を思いやってくれている。  僕を恋人扱いしてくれてる。  好きって言ってくれてる。 「和己、泣くほど気分が悪いのか」  心底心配して顔を覗き込んできた。  僕は泣いてたんだ。 「ありがとう、昂輝……」  顔は涙でぐしゃぐしゃだ。  昂輝は黙ったまま学生カバンからタオルを取り出すと、僕の顔をぐいぐいと拭いた。  僕はおとなしくされるがままだ。  隣の席の人がクスクス笑ってたみたいだけど、僕はそんなの気にならなかった。  僕、こどもっぽくてごめんね。  好きなのに中途半端でごめんね。  分かってなくてごめんね。  昂輝になら自分を任せられるよ。  全部捧げられるよ。  好きだから。  昂輝も僕を好きでいてくれるよね。  ただちょっと、ちょっとだけ、怖かっただけなんだ。

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