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十一
転入生のことを水鷹がいつも抱くタイプの男だと思っていたが的外れだった。
自分を見てくれとアピールする大胆な転入生の気質は水鷹が苦手に感じるタイプ。
プライドの高いお姉さんに遊ばれるのも気位の高い中性的な美人に手を出すのも水鷹にとっては朝飯前だが後腐れない相手が一番好き。
次点で、思うところがあっても胸に秘めて口には出さない慎ましやかでおしとやかな人間が好き。
どちらも水鷹に面倒くさいという気持ちを持たせないから使い勝手がいい。
後腐れなく文句を言わない相手と気持ちよくなって継続した繋がりは持たないで好き勝手する。
当然、羨まれるし恨まれる。
快楽重視でも人の彼女に手を出したりはしない。面倒なことになるから俺が止めている。
彼氏がいないと言いながら浮気してくる女も近寄ってはくるがそこは知り合いの女から情報をもらって何とかなっている。女同士の情報網は優秀だ。
人を振り回すのはよくても自分は振り回されたくない勝手な子供である水鷹は同じようで違う自己主張が激しい子供と相性が悪い。
つまりはぐいぐい前に出てくる変に大胆な転入生は鬼門だ。
一度はつまみ食いしようと思っていたのかもしれないが俺のまとわりついているのを見て引き離そうと動いてくれたように手を出す優先順位として低い。
自分を見てほしくて自分を大切にしてもらいたいというタイプは今まで男でも女でも引っかけてはさよならしてきた。
性格が合わなくても身体だけの付き合いならいくらでも出来るのが水鷹だ。
もちろん、その他大勢の扱いを受けて納得がいかない人種なので破局は早い。
今回だって転入生の人格を知ってもしばらくは仮初めの友情を築いていた。
水鷹にだって多少の腹芸はできる。
転入生を騙し通して恋人になることだってあるいは出来たのかもしれない。
昔に何回か水鷹は自分の趣味ではない相手にゲームとしてそういうことを仕掛けていた。
けれど、演技はどうしようもなく雑。
メッキはすぐにはがれるので表面的なものや瑠璃川という家に惹かれて寄ってきた人間は高確率で去っていく。水鷹に将来性がないと思うわけじゃなく自分との相性の悪さを優秀であればあるだけ思い知る。水鷹の近くにいるのが気分が悪く気持ちが悪く不快になるのだ。
頭のいい人間は自分に対する無神経さや無礼な振る舞いを許しはしない。
誰だって特別な一人になりたい。蔑ろにされたくない。
どんな扱いを受けてもいいから傍にいたいと献身的に思える人間はそれほど多くはない。
俺はもう水鷹から試しに試され続けたかのように試練を乗り越えてきた。
水鷹から受けた仕打ちの全てが俺にとって大きくて重い。
他の誰かから受けたら我慢が出来ない部類のものだ。
それでも俺はしでかしたのが水鷹だという理由だけで許してしまっている。
だから、俺の下半身の問題も転入生から受けたものではなく水鷹にされたと思っている。
理事長や校長は今回のことについてノータッチを貫きたいと言っていた。
生徒の間でおさめてほしい、と。
気持ちはよくわかる。
瑠璃川である水鷹の肩入れをすれば学内での水鷹の評価は地を這う。
学園の在り方も批難されるだろう。
とはいえ、瑠璃川である上に生徒会長である水鷹を学園側が警察に差し出したりもしたくない。
いろんな意味で学園は潰される。
水鷹がさっさと転校でもしてしまうのが事態の鎮静化をはかるのに一番にいいが本人にその意思がない。
転入生だって転入したばかりだから別の学校に移動は考えていないらしい。
結果、現在転入生の横にいる会計と書記という水鷹の共犯が下僕になっている。
水鷹が転入生に対して起こした件については「ともだちがほしい」と口にした転入生の希望を叶えることで触れないことになった。
あくまでも触れないだけで水鷹の行動をなかったことにしたわけじゃない。
俺と同じタイプのずる賢い奴な気がする。
ともかく転入生は言葉巧みに上級生の下僕を手に入れた。
今も転入生と同じテーブルに顔色のよくない会計と書記がいる。
「山波、一緒に食おうぜぇ~」
あの白々しい茶番劇のあとに上機嫌で俺に声をかけてくるあたりが心底恐ろしい男だ。
このポジティブさは見習わなければならないのかもしれない。
小奇麗な見た目から高級な猫かと思ったらどちらかといえばライオンだった。
群れを形成する能力もわりと高いのか会計の元信者を自分のファンにしているらしい。
転入生の周りの情報は水鷹親衛隊から連絡がくるようになっているし、俺の状況を考慮してくれて知り合いの情報通がいろいろと教えてくれる。
系統として育つ前の会計センパイのような見た目の転入生。
センパイの美少年時代の見た目が好きだった人間たちにとっては転入生は当然タイプかも知れないがそういう人間たちに会うのは意外だ。
確実に味方を作ろうとするのは褒められるべき行動力だが、違和感はつきまとう。
何を思って転入生が動いているのか見えてこない。
俺を支持する層と過去のセンパイを支持していた層は被らないので味方の選択としては理解はできるが今後を考えるときな臭い。
着席しなければ延々と旧姓を連呼され、手を引っ張られそうなので大人しく転入生の前に座る。
接触がきらいというよりは腕を引っ張られるのが好きじゃない。
俺の身長があるからか腕にぶら下がろうとしてくる人間が男女ともに多すぎる。
その行動が気持ち悪いと思うのでそっと手を外したり水鷹に押しつけたり、水鷹が横から入り込んだりするがみんな上目づかいをアピールしたがりすぎる。誰かに愚痴ればモテ自慢だと言われるが女の嫌いな仕草として上位に入る媚ポーズ。
自撮りの影響で自分がよく見える角度を研究しすぎて、写真を撮るわけでもないのにその体勢になろうとするのかもしれない。不自然すぎる。
転入生もサラダを食べつつ小首を傾げて「山波?」と俺を呼ぶ。上目遣いでおめめはキラキラうるうるだ。
瞳の大きさを強調したいのか小顔なのを知らしめたいのか似合ってはいるが男のするポーズじゃない。
水鷹がいたなら「自分に自信のありすぎる表情うける」と全力でバカにしただろう。
相手が怒ってきたら「そっちの自然なほうが絶対かわいいし」とよいしょしてそのままお持ち帰り。
俺だけを狙う女の場合は水鷹をガン無視するので俺も相手のアピールを無視して終わる。
「やまなみぃ! 聞いてんのかよ、反応しろよ」
「もう、山波じゃないって何度言えばわかるんだよ」
「そんなに言われてねえ……けど?」
「呼ばれても反応しなかったんだから気づけ」
「山波って昔から察してちゃんだよな」
図星だからこそものすごく腹立たしい。
「構ってちゃんで察してちゃんで超かわいい」
「それはどこの山波さんでしょうか?」
山波違いでもしてるんじゃないだろうか。
転入生の顔も名前も俺の記憶にはない。
会計センパイが鼻息荒く俺にパンをちぎって食べさせてこようとするので手をつけていないものをもらって自分で口に入れる。
書記がポットから真新しいカップで紅茶をくれるのも受けとる。
「ホントに忘れたのか? 名前を呼んだら絶交だって言うから……」
しょんぼりと肩を落とす転入生に気分が落ち着かなくなる。
本当は目の前の相手を俺は知っているのかもしれない。そんな考えがよぎる。
親しかったと勘違いで突撃を仕掛けている痛い奴だと思っていたが全部が転入生の言葉通りなら忘れている俺が酷い人間なのかもしれない。
まだまだメンタルが安定していないので俺はもらいもののパンを紅茶で流し込んで帰ることにする。
席に座って物を食べたからそれで終わりだ。これ以上食堂にいる意味はない。
きちんとした食事はこの空間で喉を通らないだろうからこれでいい。
もっと話したいとか改めて友達になろうと言ってくる転入生の言葉は聞かなかったことにする。
俺が冷たいというよりも転入生が期待をしすぎている。俺は自分を「山波」と呼ぶような人間をそこまで温かい目で見れない。
こんな風に無理やり話を切り上げたせいか食堂の出入り口に立っていた風紀委員長に「あの転入生から聞いたかもしれないが」とわざわざ最低な伝言を受け取ることになった。
問題を起こした学生がこの世で最も聞きたくないだろう「転入生は今回の件を両親に報告した」という言葉。
話を聞いた限りだと転入生が自分を加害者として俺の両親に説明をしたらしい。もちろん、自分の両親にも。
それはそれで正しい判断かもしれないがこのまま、なあなあで終わらない気配がある。
学園側が内々な決着を求めたこともあって安心していたのが悪かった。
一見、転入生がすべて正しいようにも感じるがこのままだとマズイ。
転入生が加害者だと主張したとしても事の流れを話せば悪いのは完全に水鷹だ。
そして、水鷹がこんなにまでバカになった原因でもある俺に責任はいく。
会計センパイと書記が完全な転入生のペットになっているせいで多少の暴力行為も友人同士のじゃれあいで片付けられて今回のことがなくなったりしない。
水鷹の責任を表立って追及してこない代わりにこんな手に出てくるなんて性格が悪すぎる。
このままでいったら両親に俺と水鷹がどんな生活をしていたのか露見するだろうし、身体の心配だってされるだろう。本当、死にたい。なんだ、この人生。
部屋に戻って安堵から気が緩んだのか吐き気がこみ上げてきた。
変なところで自分の神経が細いのは自覚していた。家族ネタは無理だ。
誰を騙そうが利用しようが罪悪感は覚えてもその内、罪の意識は希釈され風化して失われていく。
水鷹が喜んでくれるからそれでいいと思えるから他人は俺にとって人間じゃないのかもしれない。
存在が軽すぎる。
逆に水鷹とは違う領域で家族は重い。
「はいはーい、ここにドバッとしちゃいなさいな。藤高の水鷹くんがスタンバってるから安心するといい」
俺の気分の重さに反した水鷹の軽い声。
明るくいつもと変わりない水鷹の手にはバケツがある。
トイレにでも行って消化されてないだろうパンと紅茶を吐こうと思っていた。
思っていただけで俺は一歩も動けていなかった。情けなくて惨めで今にも死にそうだっていうのに「ずっとバケツ構えるのだるいから藤高、屈んでよ」となんてことないように言う。
俺が勝手に出て行って帰ってきたら玄関先で動けなくなって吐きそうなことぐらい水鷹には些細なことなんだと思える。
わざとそうしているのか何も考えずに発言しているか本当のところはわからない。
ただ身体を折り曲げることなく膝をつくこともなく俺は笑って水鷹に頭突きした。
「いっっだぃ!! この愛の鞭はどういうこと!?」
「鞭じゃなくて頭突きだな」
「愛は否定しないあたり藤高ってばもう!!」
笑いながら空のバケツを振り回す水鷹を軽く蹴った。
靴を脱いでスリッパを履く。
息を吐き出すと胸のむかつきは消えた気がした。
水鷹が日常的に最低で誰かにとって最悪でも俺はどうしようもなくこの愛から逃げられない。
このことに気づかなければ他の選択肢だっていくらでも選べたかもしれないけれど自覚してしまった。
「気持ちの悪さを吸いとってあげようじゃないか、ねえ藤高」
キスをしようとする水鷹の唇を避けずにいたら「ギネスに迫るレベルでキスしちゃう?」と言われたので足を踏んでおく。
頭突きじゃないのはキス自体から逃げるつもりがないからだ。
いつもはこの後に水鷹が気になっている相手なり呼べばすぐにヤレる相手なりを呼びよせたりするがどうもそんな雰囲気でもない。
唇がなかなか離れていかないと思っていたら俺の服を脱がそうとしてきた。
今までにない水鷹の行動に疑問しか浮かばない。
舌を軽く噛むと「なに、真面目に脱がせってことですか藤高さま」と拗ねているのか茶化しているのかわからない言葉を口にしてシャツのボタンを外してくる。
抵抗をするべきなのかこのままでいいのか分からない。
俺がいる間つまり五日間、たぶん水鷹は禁欲を強いられていた。
性的な話題には基本的に触れてこなかったし、俺に相手を探すように頼んだりもしなかった。
俺の知らないところで水鷹が誘いを受けたら誰かしらから情報が入るが何も報告は受けていない。なら、水鷹は欲求不満になっているんだろう。
だが、俺を脱がしてどうする気なんだ。
まったく予想がつかない。
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