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十二
うろんげな俺の視線に水鷹は「なんでって、気持ちいいことするとスッキリすっから?」と疑問系ながらに答えてくれた。
首をかしげる仕草だけをとると転入生と同じだ。
体格は当然のことながら水鷹のほうが大きいが男らしい顔立ちではなく優男な見た目なので変におかま臭くなるわけじゃない。
自分の顔に自信がある人間はいつでも無駄なアピールをするのかもしれない。
しみじみと水鷹の顔を見ると照れたように顔を赤くする。これも女がよくやる仕草だ。親衛隊がするところもよく見る。
そのときは男が男に見られて照れるなと内心で思いながら「かわいい」なんて胡散臭い言葉を並べている。
恐ろしいことに十割の確率で赤面や震えがひどくなり感極まって泣いたりそれだけで達する人間もいる。
褒め言葉は好意を持っている相手から言ってもらえるとそこまで喜べるらしい。
それを思うと「藤高っ、熱視線やめて! とけるっ、とけるっ」と照れて訳の分からないことを言う水鷹は俺のことを好きなんだろうと感じる。恋愛的な意味じゃなくても。
転入生に対する好感度がほぼゼロかマイナスに変わっていて、水鷹への愛が大きすぎて比べようもないからこそ俺の感じ方は違うんだろう。バカげた言動でも水鷹がするなら許せた。
無意識に水鷹の髪の毛をかき回すようになでていると水鷹はふにゃふにゃと形容したくなる笑みを見せる。
子供のような無邪気な笑顔は大人の女から年下の男までちょっとした魔法をかける。
一晩で解けるかもしれないその魔法に引っかかって俺もまた今まで餌食になった相手のように水鷹に対して警戒心がなくなる。
これは狙いどおりなんだろう。
不敵な笑みで挑発的な視線を向けてくる水鷹。
俺に向けられることはないが何度となく横で見ていたベッドでの水鷹のキメ顔。
格好いいと思ってやっているんだと思うと噴きだしたくなるが顔の造形自体は悪くない。
頭空っぽで下半身主体で考えるところがクズかわいいと思ってしまった。
何だって許したくなるかわいさだ。
好意を持っている相手にするなら男女ともにかわいいポーズや格好いいポーズは効果があるんだろう。隣で見ていると白けるものでもいざされると少しときめく。誤魔化すように水鷹の目を隠して息を吐き出す。
俺みたいに騙されて甘やかす人間がいるから水鷹のようなタイプは調子に乗る。転入生も調子に乗ってきたタイプだと感覚的にわかる。愛されている人間というのは分かりやすい。
今まで水鷹に連れて行ってもらった店にはいくつかの種類があり人間にも年齢以外の幅がある。
いいところのご令嬢が身分を隠して遊んでいたりする場所やプチ家出な少女たちを安くこき使っていたりするところなんかが格差の分かりやすい。似たように並んでいても内装からして違いがある。
水鷹に媚を売ってきやすいのはこの二種類ということもあって目につく。
共通点は他に入れ変わりの激しさもある。
数日から一年ほどで彼女たちの環境が変わる。
もちろんそれは俺たちにも言えることだったが、ご令嬢は婚約者ができたり進学のために勉強に身を入れなければならない。
家出少女は自宅に連れ戻されるかもっと危ない所に落ちていく。
そして、彼女たちは流行を踏襲して街や店やそこにある集団に馴染もうと努力するので同じ髪型、化粧や洋服を身にまとう。
見た目だけなら似たような仕上がりになっていることが多い。
ある程度の年齢なのに若づくりしたがる社会人や暇をしている女子大生とは空気が違う。
水鷹は軽いノリの男として量産型な言動をとっている。
そうすることで火遊びをしたがったり、人恋しさを紛らわしたかったりする人間は適当に釣れる。
何もかも分かっていてわざとなのかそうとしか生きられないのかまでは、わからない。
それでも、なんだかんだで水鷹だからで許せてしまう。軽くて無神経で自分本位で頭が悪くても水鷹ならいい。
この違いを愛以外の具体的な言葉で俺は説明できない。
「気持ちいいことしよ~ぜ」
こんな台詞を吐かれたら状況によって、女でも男でも顔面殴りつけてやるところだ。
俺を安く見すぎだ。
あくまでも水鷹は友達として俺のストレス解消に付き合ってあげようと考えている。
そこから出てた善意の言葉なので髪の毛を引っ張るだけで話は済ませる。
ボケに対してツッコミをしたので、これでもう話題は流れた。終了だ。
立ちあがって風呂場に向かう俺のうしろを何故かついてくる水鷹。
脱がされたのでそのまま風呂に行こうと思っただけで何もするつもりになっていないが水鷹には通じない。
俺の名前を呼んで様子を窺うように身体をゆらしている。落ち着きのない子供状態だ。
「俺がここにいるせいで欲求不満か?」
「じゃなくて、元気出していきましょうってことで」
「CMで聞いたことあるフレーズ」
「サプリとか栄養ドリンクだっけ? あ! マムシドリンクあるよ。大量ですぜ、旦那」
「死ねよ」
「違うって! 下半身いじりとかじゃなくて、親衛隊の子がダンボールでくれたから」
「……おい、水鷹。おまえそれ俺に出した料理に入れてたか?」
「まあ、ちょいちょいね。すっぽんエキスとかメチャ調味料っぽいし」
味覚障害じゃないはずなのにクソマズイ料理を出してきた原因に納得した。
文句がいくつも浮かんでくるのに正常に機能するどころか元気がよさすぎる水鷹が俺に合わせてマズイ飯を食べているんだと思うと口元がゆるむ。
俺の機能不全の改善を考えつつ空回りして無意味でも自分を巻き込んで何も言わずに付き合っているのがなんとも水鷹らしい。
絶対にカップ麺のほうがマシな味なのに水鷹の料理が一気に恋しくなるあたり俺はどうかしている。
「精力増量系のを飲んだらおまえのがヤバイだろ」
「ま、まあ……それはそうだけどさぁ。友情パワー的なそういうの? オレには満ち溢れてるしね?」
もごもごと言いにくそうな水鷹の服を脱がしてやる。
視線をさまよわせて分かりやすく落ち着きがない。
「ってか、いっしょにフロ入るの、初めて? 照れちゃうな~」
「今更なに言ってんだか。意外に水鷹って裸に自信がないタイプだった?」
「藤高こそエッチの時に脱がないこと多いよ」
服を着ているのは俺が水鷹と相手だけを残して去ろうとするところを引き留められて、というパターンが多いせいもある。
裸の水鷹とその日のお相手と立ち去るつもりだったので普通に服を着ている俺。
その三人でやり始めるわけだが思い返すとすこしシュールな光景だ。
「噛んできたりキスマつけようとするキチガイがいるからな」
そのときのお決まりのセリフが「わたしだけ見て」とかそういうものだ。絶対に嫌だ。お断りだ。
「つけ爪で背中がひどいことになったりもしたねぇ。……藤高って粘着質なやつ引き寄せるよな」
「おまえか」
「オレ!? 爽やかボーイで有名なオレは当たり前にじめっとしないよ? ねえ、マジで? カラッとさんだよね!?」
「水鷹が爽やかとかねえわ。結構陰湿だろ」
水鷹はたしかにナチュラルに無神経だがその軽薄なキャラクターを意識的に使うこともある。
わざと何も知らないという顔をして自覚的に無神経な発言をする。あおっていくスタイル。
相手の気持ちを逆なでる言葉選びはなかなかの性格の悪さだ。
「腰にタオルとか」
「しねえよ、いらねえ。洗濯物増やすな」
「藤高が主婦だっ」
軽口を叩きながらまだ迷っている水鷹を浴室に入れる。
風呂場に入ってしまえば湯船にアヒルを浮かべ出して入浴の準備をする水鷹。
強く言われると従うあたりが甘ちゃんな三男坊らしさなんだろうか。
いっしょに入るつもりはなかったけれど水鷹の気の済むようにしてやりたくなった。いつものことかもしれない。
俺はどうしようもなく水鷹に甘くて、水鷹が喜ぶことだけをしたい。
温泉や大浴場と違ってタオルで前を隠しているわけじゃないので、ゆるく勃起した水鷹の下半身が目に入る。
気まずさや興奮を顔に出さないのは得意だ。
気を抜くと笑いそうだがそれだってネタで流せる範囲だろう。
俺は勃ちようがないから自虐ネタに発展することができる。リアクションがとり難いギャグほどその場の空気を凍らせて終わらせるのにむいたものはない。つまらないことを言って白けているうちに解散だ。
水鷹の反応がキスの効果かそれ系のドリンク剤のせいなのか考える。
俺の裸に興奮しているとか俺との入浴でああなったという可能性がないのは悲しいところだが、仕方がないことでもある。
水鷹の好みは一貫している。
適度にエロく雰囲気清楚か真面目で後腐れなく付き合える小奇麗で小柄な人間。
乱れすぎて声が大きかったり大げさな演技をするようなやつは嫌い。
ある程度は妥協できてもこれだけは守らないとダメだという好みは誰にだってある。
胸のサイズでも尻の形や太ももの脂肪のつき方でもなく水鷹は目に見えない基準を使って相手を測る。
結果として水鷹が相手を本当に好きになるよりも先に相手に嫌われたり幻滅されて交際は終わるし、肉体関係だけの場合は俺込みになる。
長い付き合いだが水鷹の目に見えない基準は俺にすら正確には分からない。
ただ見た目で選ぶ相手は全部、俺とは似ても似つかないのでもしかしたら奇跡が起こるんじゃないのかなんて期待できない。
好きだと水鷹が思ってくれているのはわかる。あくまでも一番の友人として。
成就しない、誰にも告げることもない恋はむなしい。それでも愛情は色褪せてくれない。
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