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二十

 息を切らせて何をしたいのかと思えばソフトクリームと氷の中に突っ込んだ棒アイスを持ってきた。  水鷹の考えはさっぱりわからない。笑顔で「食べよう」と言ってくる。  いつも唐突でその場の勢いと思いつきで動き出す。  全裸で風呂場でアイスを持て瞳を輝かせる水鷹はバカっぽいではなく正真正銘のバカだ。   「アイスを多く食べたほうが勝ち」 「やらない」 「即答!?」  ふたをあけて食べる準備をしようとした水鷹はソフトクリームを落としかけた。 「頭痛くなる」 「そうだった! 冷たいもの食べられない系男子だった!! アイスもダメか!? どうしても?」 「やだ」 「企画倒れっ」    俺とは逆に水鷹は夏にかき氷を毎日どころか毎食食べるし、冬にも食べる。  クソマズイ料理を食べては市販のアイスで水鷹は口直しをしていた。   「低体温っぽいのにアイスが嫌いとは……」 「嫌いじゃねーよ。食べないだけで」 「ソフトクリーム舐めてる藤高が見たいです! ちょー見たいっ」 「あっそ」    日常的にアイスを食べる水鷹と違って俺は買ってまでアイスやかき氷を口にしない。  でも、水鷹が持っているままのソフトクリームを舐める。  プラスチックの中に入っているのでコーンがふやけたりしない。  なんだか画期的なことに感じる。  風呂の中で食べられるようになのか手の熱でアイスが溶けないように配慮されているのかわからないがコーンを覆うプラスチックは便利だ。  よく考えられているとソフトクリームの味ではなくプラスチックについて思いをはせていると水鷹の手がぶるぶる震えてきた。イラっとしたので水鷹から奪い取って自分で食べる。   「ちまちま舐めるね」  微笑ましいものを見るような目で見られてムカついたので水鷹の唇にソフトクリームをぐりぐりと押し当てる。  戸惑って口元を白く汚している水鷹を笑う。  あごまで流れていきそうアイスを舐めとってやる。  全然興味がなかったソフトクリームが美味しい気がした。  先までは上下に分かれた包装の巧みさに意識が行って味わっていなかった。    一度美味しいと思うとチープなバニラ味が癖になる。    俺が夢中で食べているせいで自分も食べたくなったのかソフトクリームを反対側から水鷹も舐めはじめる。  舌を大きく動かすとソフトクリームの表面で水鷹の舌と触れ合う。  何をしているんだろうと頭の隅で思いながらも俺たちは二人で一つのソフトクリームを競い合うように舐めて食べる。    ソフトクリームを舌で削るように食べると途中で折れそうになる。  力のかかり方と溶け方のバランスが崩れるんだろう。  自然と水鷹と俺でどこをどんなスピードで食べるのか暗黙の了解が生まれる。  砂の山の棒を倒さないように気を付ける、そんな感覚で二人で役割分担をしながらソフトクリームを攻略していく。    食べ終わると達成感と名残惜しい気持ちになる。  全然食べたくなかったのにもっと食べていたかった。  ハイタッチするように軽い調子で唇同士が触れあうだけのキスをする。  べたべたしている気がするし変に甘いバニラの香りはそれほど好きじゃないのに悪くない気分だ。  俺の好き嫌いは水鷹によって簡単に変動してしまうらしい。    バニラとチョコのミックスのソフトクリームのふたを水鷹があけたが俺は止めなかった。  舌でソフトクリームをつついて穴をあけてお互いの舌を探り合う。  砂の山に穴をあけて手を握り合うようなことを舌でする俺たちはどうかしていた。  言葉を交わすことなくお互いの呼吸でバニラを食べるかチョコを食べるのかがわかる。  水鷹がチョコに行くから俺はバニラ。  俺がチョコに行ったら水鷹はバニラ。  そうやってお互いに両方の味を味わいながら時にわざとソフトクリームを変な削り方にして不安定にさせて水鷹が遊ぶ。俺がフォローするのを前提にしたバランスゲーム。落ちたらどうするんだとにらむ俺に謝りながら悪びれたところのない水鷹。    いつものことだなんて思いながらあっという間に二つ目のソフトクリームも食べ終わった。    喉が渇くとか動かしすぎて舌が疲れたと頭の片隅に浮かんでも高揚感と満足感が全てを打ち消していた。  口の中に残るソフトクリームの味に思った以上の幸福感を得ている。  これなら水鷹が毎日食べたくなるのも理解できる。    ソフトクリームのコーン部分を二つ分食べる水鷹を見ながら物足りない気持ちでいたらアイスを食べたのは正解だっただろうというような顔をされる。俺がいらないと思ったものでも水鷹のせいでこうして重要になってしまうことはよくある。    ずっと手で持って食べるクレープはマズイものだと思っていたけれど水鷹といっしょに食べると美味しかった。  それは水鷹効果なのかもしれないが一度美味しいと思ったものは水鷹がいなくても美味しいと感じている。  俺の味覚はときおり狂うこともあるが、基本的には正常なはずだ。    氷と共に持ってきた棒アイスは溶けかけていたけれど一本を二人で食べる。  そうすることに疑問はなかった。  水鷹もいちいち食べるかどうかを聞かない。    大きさや状態がソフトクリームとは違うのでちょっとの衝撃で棒からアイスが落ちていく。  つい落ちていくアイスを手で受けとめる。  手の上で溶けていくアイスを持て余していると俺の手のひらを水鷹が舐めてきた。  水鷹にしたら大した意味はないのかもしれない。  溶けてもアイスはアイスだし俺の手が特別汚いわけじゃない。  行儀が悪いなんて風呂場でアイスを食べている時点で考えることじゃないしお互い口の周りはアイスでべたべたしているだろう。  手を舐められることなんていつもしていることに比べたら奇抜なことじゃない。  それでも水鷹が犬のように俺の手のひらを舐めているのだと思うと倒錯的だ。  へその下あたりがぞわぞわする。  下半身に熱が集まっていく気がする。  俺の指の間まで丹念に舐めていく水鷹。  濡れていることで髪をおろしている水鷹は軽くて適当そうな優男とはすこし雰囲気が変わる。  いつもの夜の同じと言えば同じはずなのにどうしてか違って感じる。  率直に言えばいつもよりも格好いい。悔しくなってアイスの棒を噛む。口の中にソーダ味が広がる気がした。正確には棒にアイスの香りが残っているんだろう。   「自分がいま、どんな顔してるか藤高は知らないでしょ」 「当たり前だ」 「オレと藤高しかいないから、オレしか見てない。あ、鏡は禁止だから」 「なんで」 「一人占めしてんだから藤高にも誰にも内緒。……オレだけの」    目を細める水鷹はアイスを食べようと提案した時の無邪気さはない。  獲物を狩ろうとするような鋭さは雄々しい。  敵意が乗ったら柄が悪くなって近づきたくなくなるところだが、子供っぽい軽いノリが消えたことで水鷹の見た目が浮き彫りになる。  水鷹は大前提として見た目がいいがそれによって口を開くと残念な部分が際立つ。  黙っていればいい男と言われることもあるほど軽いノリを嫌がられたりする。  逆に不真面目な空気に馴染む一夜限りの相手は安心して水鷹に身を任せられるのかもしれない。  水鷹と真面目な恋愛や長期的な交際を望むのは無理なのだと第一印象で思わせることが出来る。水鷹が最悪で最低なことは深く水鷹を知らなくても誰もが分かる。  分かっていても逃げられずにこうして身悶えているのは俺だけだ。    俺の手を舐めていた水鷹を犬のようだと思っていたのに今はそんな気持ちにはなれない。    アイスの棒をとられたと思ったら唇が重なった。  キスなんか初めてじゃないのに心拍数が上がる。    舌と舌とが絡み合って冷たくなっていた口の中が熱くなっていく。  口の中が甘ったるくていつもと違う。  この一カ月、毎日のようにキスをしてきたのに知らない口づけ。   「きもちいい?」    離れた唇が名残惜しいと思ったら溶けかけの氷を食べさせられた。  熱かった口の中がまた冷たくなる。  喉を通り抜けていく水。  口に入れたときは氷でもすぐに溶けて消えていく。    水鷹はアイスを食べるときからずっと萎えないまま勃起していて間抜けな姿なのにときめいてしまう。  舌が触れあうたびにもっと強い刺激がほしいのか水鷹の腰が揺れているのを感じるのにキス以上は何もしない。  俺に握らせようともしない。  ただくっつきあうことで水鷹が勃起していることを俺に伝えてくる。  自分から手を伸ばすべきなのか、水鷹からのリアクションを待つべきなのか考えて、結局俺はいつも通りに動かない。   「藤高、オレが全部間違ってた」    途切れたキスに挟まる言葉としてふさわしいとは思わないものをブチ込んでくるからこその水鷹。  意外性が飛びぬけていていっしょにいて退屈しない相手。  バカみたいな提案を本気でして俺を巻き込んで実現する。  アイスなんか食べる気がなかった俺が乗せられて一夏分食べさせられた。  バカ決定戦のバカは俺だ。   「別れようか」    自分の指と俺の指にはめた指輪を水鷹が抜く。  夢から覚めろと言われるまでもなく俺はきちんと現実を見ていた。  そのはずなのに俺は泣いていた。    初めて水鷹にキスされたあの日のように涙が静かに流れていく。  俺は瑠璃川水鷹が好きだ。  思い知らされる。    急な言動に振り回されて泣き出すほど心が乱されても許せるぐらいに水鷹のことを愛している。

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