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マイナス1

※転入生視点。  オレが物心ついた時にやけにかわいい外観の家が近所に作られた。  自分の陣地のように思っていた住宅地で浮いた見た目の家。  その家に住む人間だって気に入らないに決まっていると思っていた。  同い年の息子がいると聞いてそれとなく家をうかがい続けてオレは多分、誰よりもそいつに詳しくなった。    山波(やまなみ)藤高(ふじたか)というのがその家の息子の名前。  バランスが悪いくて変だと思った。  まず藤高というのが名字みたいで名前っぽくない。  失敗してる感じがする。  本人も自覚があるのか藤高と呼ばれるのを嫌がっているようだった。    塾帰りの山波に話しかけ始めたのは夕飯をファミレスでひとりで摂っていたからだ。  いっしょの席に座って食べるのが遅い山波を見ている。  警戒していた山波も何度もオレが会いに来てやったら気にしなくなっていた。    山波は根暗と言うかあまりしゃべらない。  返事はすごい遅いし使う言葉が難しい。  同い年でも出来の悪い弟のように見えて塾の後の暗くなった公園で一緒に遊んだ。    オレの両親は仕事を第一にしていて正直ずっとさびしかった。  山波も家に帰りたくなさそうだったので同じだと思って連れまわしていた。  夜の散歩は楽しかった。自由だと思った。    けれど聞いてみると山波とオレの家は違う。  山波の母親は専業主婦だった。  オレの両親と違って会社の忙しさで放置されているわけじゃない。  山波の母親は思い立つとひとりで旅行に出て数日帰ってこないらしい。  それを聞いてすぐにテレビドラマの内容を思い出した。  不倫ってヤツだ。    オレは山波を常に構うようになった。  誰にも、両親にも相手にされていない山波はかわいそうな奴だ。  オレがやさしくしてあげなくちゃいけない。  次第に心を許すように言葉が増えていくのが面白い。  山波は内弁慶というやつで気心が知れてくると手厳しい言葉が飛んでくる。  生意気だと思ったこともあるけれど、かわいい弟分だと思っていた。    その関係が終わったのは山波との距離が近くなって半年かそのぐらいだ。    両親が仕事で海外に行くという。  いつだってオレの都合を考えない二人に嫌気がさした。  山波と一緒に家出しようと思った。山波ならついてきてくれると思った。    それなのに断られた。    家族なんて、家なんて、両親のそばなんて居場所がないと訴えるオレに冷たく「おまえといっしょにするな」と山波は言う。嘘だと思った。嘘に決まっている。なにかを拗ねているんだろう。  訂正と謝罪を求めてもオレを無視して家に帰ろうとする山波。    いつもの塩対応だとわかっていてもオレはイライラしてオレの気持ちを理解しない山波を突き飛ばした。  尻もちをついた山波は泣いているのか下を向いた。  謝れば許してやるつもりでいた。  けれど山波は謝らないどころか「レベル低っ」と吐き捨てる。  オレはもう我慢が出来なくて神社の階段をふたりでのぼった。  山波の手はオレがつかんでいたので引きずられるよりも自分の足で歩くことを山波は選んだ。  どうなるのかわからないでいる山波と階段をのぼって隙を見て突き飛ばした。  神社の階段から転がっていく山波を見て気分はスッとした。  助けを求められるのはオレしかいないからきっと素直になると思った。  それなのに山波は階段の下で転がったまま動かない。  どうしたのかと思っていたら誰かが悲鳴を上げて駆け寄ってくる。    山波の母親だとすぐにわかった。  かわいい家の外観に似合った洋服を着ている。  走るのに向かない服なのに必死で倒れている山波に近づく二つの影。  あまり見ることのないスーツ姿の山波の父親だとわかった。  二人ともが本気で山波を心配していてオレは裏切られた気分になる。  山波はオレよりも不幸で愛情に飢えたかわいそうな奴だと思っていたのにあんなにも両親に心配されている。  羨ましくて憎らしくてオレはあてつけとして山波を置いて海外に行くことにした。    きっとオレがいなくなってさびしがるに違いないと思っていた。  それなのに山波はオレを裏切り続ける。     「山波っ」      まるで呼びかけてくるなというような表情でオレを見てくる山波。  成長しても変わらない表情にどこか安心する。    海外でも帰国してすぐに入学した学園でもオレの居場所はなかった。  なんでか上手くいかない。  でもここなら山波がいるから平気だろう。   「うわっ。なんだよ、山波と話をするのを邪魔すんなよ」    山波よりも背の低いやつらがバリケードのようにオレの目の前に割り込んできた。  さっきまで居なかった気がするのに突然現れるお邪魔虫たち。    クラス委員長はこの学園のことをいろいろと教えてくれた。  山波は今は山波っていう名字じゃないってことと親衛隊っていうやつらが山波にまとわりついているってこと。  親衛隊は生徒会長の瑠璃川の手伝いや支援をする組織らしい。それなのにいつでも山波の周りをうじゃうじゃしている。  瑠璃川に文句を言ってやったら「水鷹くんは藤高至上主義者なんで帰ってくれない?」と話にならない。  会計と書記は瑠璃川を敵に回して得はないとか言って役に立たない。   「山波聞いてるぞっ」    瑠璃川と山波がしていたペアリングが今は二人の指から消えている。  別れたんだと誰かが話しているのが聞こえた。   「ひとりだと大変だろ! でも、だいじょうぶだっ」    山波はぼんやりしているから頭を打って記憶が飛んだのかもしれない。  だから、昔のことを覚えていないのは許してやることにする。  瑠璃川と一緒になって男も女も抱いているなんて嘘みたいに乱れた話も水に流してやる。  これからさき、ひとりぼっちの山波はオレに抱かれるしかないんだから全部帳消しだ。  瑠璃川に突っ込まれて痔になってイライラしたけど山波から親衛隊越しとはいえ薬をもらったおかげで気にならない。  一カ月ちょっと経ったこともあって犬に噛まれたようなものだ。  本当はイヤだったけど山波はきっと瑠璃川に酷いことをされたら甘くなるからちょうどいい。  山波は理由がないと素直になれないから瑠璃川のためだって言えば簡単にオレに抱かれるに決まってる。

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