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二十四
水鷹が言うバナナチョコのアイスというのは薄黄色のバナナ味っぽいバニラアイスにチョコレートをコーティングしたものだ。形もバナナっぽい。大きめだから全部を食べる気にはならない。
アイスに張りついたパリパリのチョコ部分は嫌いじゃないがバナナのアイスはそれほど好きじゃない。
香料っぽい人工的なバナナの匂いが苦手だ。
アイスを舐めるのではなく歯を当てるようにするとチョコが剥がれるのでそれだけを食べる。
食べ方としては下品だと思うが水鷹が食べると言っているから構わないだろう。
板チョコが入っているアイスもなかで水鷹がアイスともなかの皮を食べて俺がチョコだけ食べることは中学の時からあった。半分くれようとする水鷹を断ったらそうなった。アイスはともかくアイスの中の板チョコは美味しい。
「はい、藤高が好きなみるくでちゅよ」
「死ねよ」
「すみませんでした。交換しましょう、そうしましょう」
「……水鷹、口の中あつい?」
「アイスが溶けるの早いんじゃねってことなら、オレの藤高に向ける愛情の熱さに比例しっあうち」
棒から落ちそうになっている溶けたミルクバーにイラっとしたのでチョコのなくなったバナナアイスを水鷹の口の中に突っ込んだ。アイスのトレード自体は構わないが次に食べる俺のことを少し考えて渡してもらいたい。
棒から溶けたアイスが手に触れそうになるので若干上向きになりながら食べる。
風呂の中にいるならともかく手が汚れるのはいやだ。
ソフトクリームなんかのコーンがあるアイスの方が自分のペースで食べることが出来ていい。
コーンの種類によっては下から漏れ出すこともあったが少し食べて水鷹に渡していたので棒アイスよりも手の汚れに関しては気にならない。
なんでこんなに日常的にアイスを食べるようになっているのか疑問しかないが水鷹の希望を俺が叶えないわけがなかった。同時に水鷹が俺の機嫌を損ねないようにもするのでアイスを食べるにしても食べきらずに付き合い程度でも文句は言われない。
感覚としては連れションみたいなものでいっしょに行動することに意味があるんだろう。
美味しいから食べてと勧められてひとくちもらうのは今に始まったことじゃない。前からずっと俺と水鷹の間でやっていたやりとりだ。
それなりの大きさのあったバナナアイスを食べ終えた水鷹が気遣うように俺を見る。
水鷹がアイスを食べるのが早いせいで俺が遅いみたいに感じるが動いたり口を開けばアイスが落下しそうなので反応できない。
覚悟を決めて残りのアイスを全部口の中に入れた。
ミルクアイスの味は悪くなかったはずだがよくわからない。舌がひりひりと冷たさで痛む。
溶けているので冷たすぎるということはないはずだが口の中に液体があふれるのが気持ち悪い。
昔に顔面を強打して口の中を血だらけにしたことがあるらしいので身体が無意識に昔の記憶を呼び覚まして俺に嫌悪感を与えているのかもしれない。
子供のころの記憶なんてロクなものがない。
溶けたアイスを飲みこめないでいる俺に「口ちょっと開けて」と無茶なことを言う水鷹。
楽しそうに俺を見ている水鷹にふざけんなと言いたいところなのに口をすこし開ける。
口の中の液体がこぼれないように半開きにするのはとても間抜け臭い。
こんなことをするのが汚いとか気持ち悪いとかいう意識よりも何をされるのかという期待めいたものがある。
「口閉じてゆっくり飲みこんで」
言われなくてもそのつもりなので口を閉じた。
水鷹の確認作業は終わったらしい。
喉を通過する液体に心がざわつく。
「今の精液だって思ってもイケる?」
吐きたくなった。
そういう悪ふざけは冗談でも最低だ。にらみつけると水鷹は焦って「違うよ」と言った。
「大丈夫、平気です。オレの精液は甘い! って、あぁ『病気かよ』って顔しないでよ。冗談ですよ」
口の中にあるアイスが水鷹の精液だと思っても嫌悪感はない。
他の誰かのものなら一秒も待たずに吐くが水鷹ならいい。
「昼に藤高がクリーム系のパスタ食べてたでしょ。アレさあ、エロいなって」
分からない感覚だが「オレの精液を口の中で溜める藤高が見たい」と変態的な欲求をしてくる。
もしかしなくとも水鷹がフラれる原因は無神経で底が浅く釣った魚に餌をやらないヤリ捨て男なところではなく性的な嗜好が特殊だからだろうか。赤ちゃん言葉とかマニアックでどうしようもないから付き合いきれないと思う人間が多くても仕方がない。
「フェラじゃなくてオレの精液が出るのを口を開けて待っててほしい」
確実に変態だ。
照れて身悶えている初心な姿と内容が噛み合っていない。
「すぐに飲みこまないでオレの二発目と一緒にちょっとずつ飲んでほしいの。あ、バイアグラとか飲んだら一発の量が多くなるかな? でも、藤高は一気飲み系はキライだから二発目を待ってる方がいいよね。ってか、一発目が口の中にある状態を想像すると二発目とか発射すぐじゃね?」
「早漏か」
「食べ終わりましたか。お疲れ様です」
「で、いま言った」
「やってくれるんだ! さすがはオレの藤高さまだぜぇ!! いえぇいっ」
「気持ち悪い」
「テンション抑え目にいたしますので一度でいいからやらせてください」
「一度だけ?」
「もう藤高愛してるっ。オレ一生藤高信者でいる!!」
キラキラとバカみたいな笑顔でいる水鷹のことを俺は嫌いになれないどころかどうしようもなく愛している。
そして、自分の一挙一動で水鷹が反応を示すことに性的な興奮を覚えていた。
セックスをしたいとか射精したいという感覚や願望が俺にはなかった。
けれど、じわじわと変化している。
水鷹を独り占めしたいとか俺の身体を治すためとか責任の取り方とかではなく水鷹が楽しんでいることを知りたいという気持ちにシフトしている。興味のなかった夜遊びや料理や音楽も水鷹を経由するとある程度は理解するように俺は知らないことを知ろうとしている。
それ自体は水鷹と病院から戻ってきたときと同じ確信にも似た予想だったが不安が俺を締めつけていた。
今は違う。呆れながら笑いながらどうでもいいと思いながらも水鷹に引っ張られてついて言っている。
中学のころに「パンケーキ食べ行こう」と女子かよっていうツッコミ待ちのボケを聞いてるようでフラットな気分でいられる。
不安定な場所に自分がいるんじゃないのかと思う瞬間が俺は堪らなく嫌なのだ。
失敗したくない。ハズレを引きたくない。間違えてしまって何もかもを失うことが耐えられない。
でも、現実は何もかもがなくなっても続いていくから苦しくなる。
失敗も後悔もしない障害のない成功だけの人生なんかないと割り切れるほどの気持ちを持てない。
以前から変わらず水鷹がここは安全だと示してからやっとそこまでは歩き出すような狡さを俺は持っている。そこから成長できずにいる。
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