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第5話

 呪い、という存在。  それは、強い感情により発現するものだというのが、魔物の中での認識だ。  そして、魔物よりも感情というものに左右されやすいのが人間で、意図して使う呪い、「呪術」は人間しか使えないと思われていた。  しかし、要は強い感情、特に負の感情があれば呪術は使える。  アルジェントにかけられた、本人も誰も気づいていない呪いは、間違いなく“魔物”がかけたものだった。  アルジェントは、ぼんやりと城の1番高いところ(屋根の上ともいう)で空を眺めていた。  先代の魔王はアルジェントが生まれるより前に当時の討伐隊に倒されているので昔話としてしか知らないが、昔の魔王城の周辺は、こんな風に空が見えることなどなかったそうだ。  いつも暗雲が立ち込め、雷の音が鳴り響いていた。  人間たちが語る「悪い魔王」がいるにふさわしい、そんな場所だったのだという。  だが、シュバルツが王として生まれしばらくしてから、この辺りは美しい風景に変わった。いかにも魔王城だったこの城の外観が、白く美しい城に変わったのも同じ頃だ。  言われなければ、ここが魔物の巣窟で、魔王が住んでいる城だなんて分からないほどだと、アルジェントは思っている。  その代の魔王の性質によって、城は姿を変える。  シュバルツは人間に対しては冷たい、というか心底興味がないように思うけれど、魔物に対しては非常に情が深い王だ。  だからこそ、自分は今ここにいられて、共に三つ星と呼ばれる同僚も好きに生きられるのだ。  この美しい城はきっと、そういう魔王の性質に寄せて作られているのだろう。 (でもなぜ、私を「愛してる」とおっしゃるのだろう)  何度考えたかわからない疑問を、アルジェントは繰り返す。  自分の見目か、それとも戦闘能力か、スキルか。  何が王の琴線に触れたのかはわからないけれど、王は自分を欲している。配下としてではなく、ヴィオーラとローザのような関係性になりたいという願いで。 (なぜ私は、「私はダメ」だと強く感じるのだろうか)  アルジェントにとって、身も心も全て魔王のものであるという意識に嘘はない。  ただ、自分が魔王と心身ともに結ばれるようなことがあってはいけないと、強い警告が頭の底から湧いてくる。  それゆえ、どうしても魔王の「愛してる」を受け止めることはできない。  アルジェントは大切だった仲間を殺した自分が汚いと思っているが、どうもそれとこの警告は繋がっているようで同一ではないのだ。 (なんにしても) 「私のようなものではなく、もっと魔王様にふさわしい誰かに、つながってもらわないと、と言うことですね」 「君のそう言うところ、本当に不思議なんだけど」 「! ヴィオーラ」  突然目の前に現れた同僚に、アルジェントは驚きから眉を寄せたが、当然のように隣に座るヴィオーラに対して不快感があるわけではない。 「どういうことですか?」  先程の言葉にそう返すと、ヴィオーラは「そのままの意味だよ」と笑った。 「我が君が君に求めているものを、君は理解しているのに、どうして受け取ろうとしないのかな?」 「私は受け取ってはいけないからです」 「それ。そこなんだよ」  大仰な身振りをするヴィオーラに、苦笑しつつ、アルジェントは次の言葉を待った。 「なぜ、“君”はだめなんだい?」 「それは、……ッ!?」 「アルジェント?」  ズバリ突きつけられたその問いに、わからないと答えようとしたアルジェントの胸がぎり、と傷んだ。比喩ではなく、その痛みはどんどん強くなる。 (息が、できない) 「く、ぁ…」 「アルジェント!」  痛みに耐えきれず体を小さく丸めたアルジェントを、ヴィオーラは抱え支えた。 「我が君のところへ運ぶよ、アルジェント!」 ーーーそれはだめだ。  直感的に思う。  必死で首を横に振るが、痛みで意識が朦朧としているアルジェントのその仕草はあまりに小さく、ヴィオーラには伝わらない。  ふわり、と体が浮き上がる。 「う、あ」 「耐えてくれ、アルジェント」  まだ強くなる痛みにアルジェントの呻き声が漏れるが、一刻を争うと判断したヴィオーラはそのまま玉座の間へと急いだ。

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