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第6話
「我が君!!」
「どうしたのヴィオーラ…、アルジェント!?」
ローザのところから玉座に戻った(基本はここで過ごすことにしている)シュバルツは、苦悶の表情を浮かべてヴィオーラに抱き抱えられたアルジェントに血の気が引いた。
しかし、ここで冷静さを失うようでは王ではいられない。
不安に冷える気持ちを押さえて、ゆっくりと尋ねる。
「何があったの」
「わかりないんだ、私と話していたら突然胸を押さえてうずくまって…」
「そう。ありがとう連れてきてくれて。アルジェント、アルジェント聞こえる?」
一先ずと床に下ろされたアルジェントは、浅く呼吸を繰り返すだけで返事をしない。
意識があるのかどうかも、よくわからなかった。
しかし、なんだかアルジェントの魔力がおかしい、とシュバルツは思う。
彼の中にあるのは間違いなくアルジェントの魔力なのだが、巡り方がおかしい。
普通魔力は心臓のあるあたりから、血液のように体を循環しているのだが、今の彼の魔力は、その真逆の巡り方をしている。
そこまでは、名付け親として繋がっているシュバルツには、みるだけでわかった。
だが、なぜそうなっているのかはわからない。
とにかく魔力を落ち着けなければと思って彼の魔力に干渉するためアルジェントに触れようとしたが、直前で手を止めた。
「だめだ」と、アルジェントが止めたからだ。
「アルジェント、意識戻ったのかい?」
ヴィオーラの問いに、荒い呼吸の間をぬって、肯定の言葉を返したのち、シュバルツに言う。
「理由は、わかりません、が」
「うん」
「今、の、私に、魔王様、は、触れて、は、だめ、です」
それは、「愛してる」に対しての「私はダメ」に近い強い拒絶。
けれど彼の声の端々に、シュバルツに対する心配が見える。
つまり、理由を説明できるものではないが、シュバルツが触れることによって、“シュバルツに”何かが起きると確信しているということだ。
魔力やスキルに関係することは、感覚的な部分が多い。
そして、その感覚をバカにすると、最悪死にいたる。
「わかった。触れない」
シュバルツの返事に、アルジェントは少しだけほっとしたように微笑むが、すぐにそれは苦痛によって歪む。
愛しい子の苦しむ姿など見たくない。
いつものように、魔王様かっこいい!と震えているのを苦笑いしながら見るほうがずっといい。
(くそが)
内心でこの現象を引き起こした何かに対して悪態をついてから、できるだけいつも通りの声を作って、シュバルツはアルジェントに語りかける。
「アルジェント、きこえる?」
「は、い…」
「触れないから、僕の言葉通りのこと、してもらえる?」
声はでずとも、小さく頷いたのを確認し続ける。
「今、アルジェントの魔力循環は逆流してるんだ」
ヴィオーラが息を呑む。その苦痛を想像したのか、悲痛に顔を歪ませたのを目の端で捉えつつ、シュバルツは続けて声をかける。
「だから、その流れを元に戻さない問いけない。僕が触れられるなら干渉もできるんだけど、今はそうもいかない。だからね、自分でなんとかしないといけないんだ。まずは、痛みがあって辛いと思うけれど、自分の魔力の流れを把握してみて」
シュバルツに言われた通り、アルジェントは必死に自分の魔力を読む。
胸の痛みは広がりすぎて、今はもうどこが痛いのかわからない。それでも、魔王様の声に混じる痛みを感じ、そんな思いをさせているのが自分かと思うと、この程度の体の痛みに負けてたまるかと思えた。
なんとか自分の魔力の流れを把握すると、確かに通常「良」とされる流れとは全く逆の流れだ。
「把握できたら、次は魔力の放出を一旦ギリギリまで絞ってみて欲しいんだ。そうしたら体内の魔力が増えると思うから、増えた分魔力を無理矢理元の流れに入れ替えてみて。これはもう感覚だからやってみて、としか言えないんだ」
シュバルツがなぜこんなことを知っているかというと、生まれたばかりで暇で暇で仕方なかったときに自分の魔力循環をいじって遊んでいたことがあったためなのだが、とにかく、これは口頭でうまく説明できるものでもない。
そして、この状態で体内への魔力を増やすと言うことがどれほどの苦痛を伴うのかわからないわけでもない。
けれど、自分の意思ではない魔力循環の変換は、恐らく遠からず死につながる。
一か八かでも、これ以外に今できる方法はない。
「すごく、辛いと思うけど…」
「だ、じょ、…で…。や…れ、…す…」
大丈夫です。やれます。
まともに声を出すことも難しいが、アルジェントはそう言って、自分の中の魔力に集中する。
体外に出ている魔力を、ぎりぎりまで絞る。
予想よりも大きな痛みに「ああっ」と声が漏れたが、痛みから声をあげればそちらに自分の意識が持っていかれる。声を堪えて、自分の中の魔力を支配して、その向きを変えた。
その作業自体は予想よりも簡単にできだが、同時に内臓をひっくり返されたようなぐるん、ともぐりん、とも言えない気持ち悪さがあり、一瞬の意識がとぶ。
「アルジェント!」
「ま、おう、さま」
飛んだ意識はシュバルツの声で引き戻された。
痛みはもう、ない。
「ご心配、おか、けしまし、た」
循環が元に戻ったのはすぐわかったらしく、一瞬だけ泣きそうに歪められたその頬に、アルジェントは手を伸ばす。
「もう、触れても?」
「はい、大丈夫で…ぐえ!?」
大丈夫と言い終わらないうちにアルジェントは強く抱きしめられた。
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