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第7話
「よかったあ…。もー、急に死にかけないでよアルジェントぉ…」
「も、申し訳ありません…」
へにょへにょ。
そんな効果音がつきそうなほど脱力したシュバルツを支えたいと思ったが、抱き抱えられている自分の体の方が力が入っていない。
自分が思うより体にダメージを受けているようだ、とアルジェントは眉を下げる。
「我が君、アルジェント、とりあえずもうちょっと休みやすい場所に移動しないかい?」
もっともなヴィオーラの提案に、シュバルツは「そうだね。よっこらせ」とアルジェントを抱き上げた。
「ま、まま、魔王様!?」
「うん?」
「歩けます!」
「いや無理でしょー。この絶世の美魔王様に大人しく抱き抱えられていなさい。心配かけた罰です」
でも、と続けようとするアルジェントのおでこを、ヴィオーラがツンとつついた。
「これは我が君のほうが正しいと思うよ。君、今の今まで死にかけてたんだから」
「ですが、これ以上魔王様の手を煩わすなど、三つ星の風上にもおけな…」
尚も言い募ろうとするアルジェントを、シュバルツはあえて低い声で魔王らしく止めた。
「アルジェント。私の命令だ。聞け」
「は、はい…ッ」
アルジェントは、魔王らしさを強調した自分の振る舞いを恋愛的な意味ではなく好いている。シュバルツはそう自覚していたからこそこの発言をしたのだが、目論見通りとはいえ(魔王様かっこいい…!)と震えられると、やっぱりなんだかなぁ、と思ってしまう。
そんな2人を見て、ヴィオーラはホッと息をついた後こっそり笑うのだった。
魔王城には、玉座もそうだが魔王が休む部屋と三つ星が休む部屋、他にも大小様々な部屋がある。地下や下の方にある階は罠盛りだくさんのダンジョン構造になっていて、下手な討伐隊はそこで力尽きる仕組みだ。
先日(といっても魔物的時間感覚なので恐らく人間の時間では三年ほど経過している)やってきた討伐隊、勇者御一行は1人も欠けずに玉座までたどり着いたので、やはりそれなりの実力者だったのだろう。
三つ星をはじめとした魔物たちは、魔王からの指示がない限り、玉座にやってくる討伐隊に手出しはしない。
それは、魔王の活躍を見たいというこの城に住む魔物たちの総意で決められたもので、シュバルツはなんだかなぁとは思いながら、まあ、無駄に大事な子たちが傷つくよりはいいか、と承認していた。
とにかく、シュバルツはアルジェントを抱き抱えたまま、自分の休むための部屋に連れてきた。
広くて快適な天蓋付きベッドにアルジェントをそっと置くと、置かれた本人は「このベッドは魔王様のものです!」と必死に主張してくる。それでも体をうまく動かすことはできないようで、負荷の具合が見て取れた。
「大人しく寝てなさいな。ねえ、ヴィオーラ、ちょっといいかなぁ」
「我が君の誘いに断りと言う選択はないよ」
「ありがと」
部屋を出る前にアルジェントにもう一度寝ているように釘をさして、もう一度二人は玉座に戻る。
戻る途中に、アルジェントが倒れるまでにしていた会話をヴィオーラは伝えた。
どかっと玉座に腰掛けて、うー、とシュバルツは唸る。
「ねえ、ヴィオーラ」
「うん、あれは“呪い”だと私も思うよ、我が君」
呪い。呪術。
負の感情をもとにつくる、生きるものを縛る鎖。
一般的には、人間が使うものだ。
「誰がかけたんだ、そんなもの。アルジェントが人間と関わることなんてほぼないだろう。あったとしても僕が側にいるはずだし…」
はあ、とため息をつくシュバルツに、ヴィオーラ「うーん」と首を傾げてから、「怒らないで聞いてくれるかい、我が君」といった。
「呪術、というのはね。人間だけが使うものじゃないんだよ」
「ああ、一部の魔物は使えるって説もあるねぇ」
「違うんだ、我が君。呪術は、呪いは、感情を持つ全ての生き物に使用可能なんだよ」
ヴィオーラの話に、シュバルツは眉を顰めた。
「そんな話、初めて聞いたけど?」
「人間の研究っていうのは案外侮れないからさ。私はよく情報を拝借するんだ。さっきの話はその研究のかなり新しいものだよ」
続けて、というシュバルツに頷いて、ヴィオーラはだからね、と言った。
「さっきの呪いをかけたのは、多分、銀狼じゃないかな」
「アルジェントの仲間たちってこと?」
「あくまで仮説でしかないけどね。呪いっていうのは強い負の感情を力にするっていうだろう?仲間だと思っていたアルジェントに殺された銀狼たちの恨みが引き金になっていたというなら一応筋は通ると思わないかい?アルジェントだけ、生き残って魔王の配下になったことへの恨みとか」
「そうだとしても、僕とアルジェントが主従関係になってもう五十年近いよ?なんで今更。それに、そもそも、僕らが出会った時には他の銀狼はみんなすでに死んでたし」
「そこは確かに腑に落ちないな」
二人はそこまで話すと、うーん、と再び黙るのだった。
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