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第10話
アルジェントの部屋は、1番月に近い場所にある。
有り体に言えば城の最上階だ。
こんこんと小さくノックをして、ローザは「アルジェント、起きてる?」と扉の外から声をかけた。
返事は返ってこない。
代わりに、呻き声を堪えているような、そんな音がする。
ローザは一瞬迷ったが、「入る、よ」と一声かけて扉を開けた。
そして、止まる。
アルジェントは寝具の上ではなく、水差しが置いてある机の横で、床にうずくまっていた。
「アルジェント、アルジェント、大丈夫?」
一瞬止まった足を必死に動かして駆け寄ると、アルジェントは「だい、じょうぶです」と答えた。
ちっとも大丈夫そうに見えない顔色と声に、ローザは首を横に振る。
なんとかベッドに運びたいが、ローザとアルジェントの体格差では厳しい。
本体が近くにあれば本体の蔓を伸ばすこともできるが、ここはローザの薔薇がある庭から1番遠い部屋。
おろおろとアルジェントの背をさするローザに、アルジェントはもう一度「大丈夫です」と微笑んでみせた。
「もう、痛みはありませんから」
「痛かった、の?」
「はい。でも、もう大丈夫ですよ」
「っ」
微笑んだまま告げられた言葉に、ローザは泣きそうになる。
魔力の揺らぎが、昨日に似ている。きっと、また逆流を起こしたか、起こしかけたのだろう。
アルジェントは優しいのだ。こんな時でも、ローザに心配をかけることを良しとしない。
そして、彼はあまり、自分を大事にしない傾向がある。
過去を知っていたから、そこまで、その傾向について魔王も自分たちも叱ったことはないけれど、よくない。今は絶対に良くない、とローザは思う。
「…アルジェント、動ける?」
「はい」
「ベッド、いこ。これ、使って」
直接支えることはできないが、ローザたち植物の精霊は、植物であれば多少の融通を聞かせるとができる。
ローザは窓から見える木を変形させて簡易な植物の杖を作りアルジェントに渡した。
ありがたく受け取って、杖をつきながらアルジェントはベッドに移動しそのまま、倒れ込んで、はぁ、と深く息を吐く。
「おみず」
「ありがとうございます、ローザ」
「…、痛かった、一回だけ?」
水を渡されながら聞かれた問いに、アルジェントは曖昧に笑った。
(何回か、あった、ということ)
ローザは、どうしてすぐ自分たちを呼ばないんだと思ったが、すぐに理由を思いつく。
強い痛みのせいで、スキルが暴走しないかが心配なのだと。
昔の過ちをまた繰り返すかもしれないことが不安なのだと。
「アルジェントは、おばか、だね」
「いきなり、なんですか?」
「やさしい、おばかだ」
「?」
ローザはアルジェントの手を握る。
一瞬びくりと体が揺れたが、ふりほどかれなかったことにローザはひとまずほっとする。
「ローザ、いま、魔力多くない」
ぽつりと呟かれた言葉に、アルジェントは首を傾げた。
「? ええ、先日発作を起こしたばかりですし、そうだと思いますが」
「けど、100匹の、銀狼より、その辺の、ドラゴンより、おおい」
「!」
「こわい、わかる。でも、一人には、ならないでほしい。痛いとき、苦しい、ときも。ひとりは、…辛いよ」
ローザの目からぼろぼろと涙が落ちた。
「ローザは、アルジェント、だいじ」
「……すみません」
「謝る、だめ。ゆるさない。ローザ、今日から、ここ、住む」
「え。それは、ヴィオーラがやきもち焼きませんか?」
「しらない。でも、ローザ決めたこと、ヴィオーラ、否定しない」
手を握ったままローザはぷいと横を向く。
アルジェントは、困ったように微笑みながら、そうですね、と返した。
そして内心で思う。
(私も、いい加減向き合わないといけないのかもしれない)
この魔力の逆流が、なにを意味しているのか、アルジェントは何度も発作を起こすことで気がついたことがある。
キーワードは、シュバルツだ。
シュバルツへの自分の感情に目を向けようとすると、魔力がいうことを聞かなくなる。
アルジェントは呪術というものを知らない。
だが、特定の感情に対して生き物の行動を縛る、という魔法らしいものが自分にかかっていると自覚があった。
そして、その魔法は、恐らく自分で自分にかけたものだということも。
(この魔法をなんとかしない限り、これから先、私は、魔王様のお側にはいられない)
一生、死ぬまでシュバルツの横に立てないなんて、それは絶対ごめんだと、アルジェントは思う。
生も死も、あの瞬間から自分の全てはシュバルツのためにあるのだから。
「ローザ」
「なぁに」
「ヴィオーラを、呼んでもらえませんか」
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