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第12話
アルジェントがローザの本体までにかかった時間は3分もないだろう。
「ローザ!!」
駆け寄ると、ローザはぼろぼろと涙を流しながら必死に核を守っていた。
美しい彼女の薔薇は、あちこちから火が上がっている。
ギリギリ間に合ったことにひとつ息を吐く。
魔植物である彼女を燃やせる炎は、シュバルツが使う炎の魔法か、聖火と呼ばれる人間の神職者が作る炎だけだ。
つまり、この炎は。
「くそ、倒す前にもう一人三つ星がきてしまったか!」
そこにいたのは、以前あっけなく魔王に追い払われた、討伐隊、勇者一行だった。
アルジェントは彼らを睨みつける。
炎をつけたのはおそらく、後方にいる聖女だ。
「あつい、あついよぉ」
相手は人間。
ローザも奪取のスキルを使っているようだったが、どういうカラクリがあるのか、彼らにはスキルが通用していないようで、ただただローザの薔薇がどんどん炎に侵食されていく。
アルジェントもスキルを発動するが、効かない。
(くそ、とにかくローザの核を守らないと)
アルジェントは水の魔法は使えない。消火するのは、厳しい。
「っ、ローザ、蹴折りますよ!」
全て消せないならば、せめて核である花は守らねば。
アルジェントはそう決めて、燃えている核へとつながる枝を片端から蹴り折った。
しかし全て終える前に、勇者の剣がアルジェントへと向かう。
「だあああああ!」
「くっ」
その剣を、魔法で強化した腕で受ける。
ざくり、と刃が腕に食い込んだのみて、アルジェントは息を呑んだ。
(これは、聖剣!?)
魔のつく生き物は、総じて「聖」と名のつくものに弱い。
どうしてなのかはわからないが、世界の法則として、そういうものなのだ。
聖がつくものというのはそう簡単に生まれるものではないが、これを持っているのは、勇者。
そして、彼らは北の大地で修行をしたという。あの地は魔物も活発だが、それらから人を守るため教会の動きも活発である。
以前来たときは、持っていなかったはずのそれらは、北の大地で仕入れたものなのかもしれない。
それにしても、こちらに向かっているなんていう情報を、なぜヴィオーラが察知できなかったのか。どうやってここまで来たのか。
疑問はあるが、アルジェントはそれらを頭を振って吹き飛ばし、刃が通ったことに一瞬油断した勇者の腹を蹴飛ばして、一旦距離を取った。
「××!!」
勇者が恐らく仲間であろう少女の名を読んだ。
何をする気だ、と構えるが、また勇者が切り込んできて、一瞬意識が逸れた。
その一瞬は聖女がローザの核にむけて直接火の魔法を唱えるには十分の時間だった。
「しまっ、ローザ!!」
咄嗟にそちらに向かおうとするが、ぐらり、と視界が揺れる。
本調子じゃない状態での戦闘は、体に予想以上の負荷がかかっていた。
なんとかもう一度アルジェントがローザへ意識を向けた時にはもう炎は核に迫っていて、ローザは諦めに近い気持ちで目を閉じた。
しかし、数秒後に来ると思った熱は来ない。
それどころか、馴染みのある、温もりが触れる。
ローザがゆっくりと目を開けると、そこには核とローザを抱きしめる、ヴィオーラがいた。
「ヴィオー、ラ?」
「やあ、私の愛しの君。遅くなって、すまなかったね」
そういうと同時にヴィオーラは体制を崩し倒れ落ちる。
その背中は黒く焼け焦げていて、瞬時に彼が自分を庇ったのだとローザは理解した。
下の方では、勇者たちが、「よし、攻撃が通じているぞ!畳み掛けるんだ」なんて話をしていて、その追撃をアルジェントが必死に抑えていて。
「あ、ああ、いや…、いやあああああああ、ヴィオーラぁああああああっ」
ローザが叫んだ。
抱き上げた自分の恋人は、息をしているのかしていないのかもわからない。
ああ、ああ。スキルを止めないと。
もし生きてくれているなら、自分がトドメを刺してしまう。
そう思って必死に自分のスキルを押さえつけようとするが、自身も瀕死に近いローザには、スキルを制御できない。
「いや、いや、ヴィオーラ、いや、誰か助けて、魔王様っ魔王様!!」
「遅くなってごめん。ローザ、ヴィオーラ」
その叫びに応えたように、シュバルツは姿を現した。
ヴィオーラが間に合ったのは、彼女たち間だけで使える特殊な通信魔法があったからだ。
シュバルツが遅かったわけではない。
それでも、悲痛にその顔を歪ませ、そして、シュバルツは自分の魔力をローザに食わせる。
瞬間、暴走しかけていたスキルは止まり、それと同時にローザとヴィオーラの傷が癒えた。
先ほど燃えないようにとアルジェントが蹴折った枝も全て、元のように美しく。
「ヴィオーラは生きてるよ、ローザ。大丈夫。だけど、休んでいて。僕がちゃんと、あいつらに仕返しするからね」
優しくそうローザを撫で、意識のないヴィオーラに言ったあと、シュバルツは勇者たちを見下ろした。
勇者達に向けられるのは激しい怒り。息ができないほどの威圧。
美しく晴れていた空は雷雲が立ち込め、あちらこちらで雷が落ちる音が響き始めた。
「魔王様」
「アルジェント、君もやられたのかな」
腕の傷を見て、シュバルツは低い声でそう言った。
初めて感じる強い威圧感に、アルジェントは一瞬怯むが、はい、と返事を返した。
今までかっこいい、だなんて思っていたそれが、本当遊戯のようなものだったのだと思いしる。
「魔王様、勇者の剣は、恐らく聖剣です。ローザのスキルが通用しなかったことも踏まえると、それぞれが聖のつく防具などを装備しているのではないかと思われます」
「ふうん。一応考えて再戦を挑んでるんだねぇ、あいつら」
魔王らしからぬ口調なのに、今までの中でいちばん「魔王」を感じる、冷たい声。
ぞわり、と背筋が凍ると同時に、この王に仕えることができる喜びが身体中をめぐる。
「私もお供いたします」
そう伝えるが、魔王は首を横に振って、アルジェントを撫でた。アルジェントの傷も、瞬時に癒える。
「生まれて初めて、こんなに腹が立ったんだ。僕が、直接あいつらを殺すよ。そこで見ててくれるかな」
「かしこまりました」
礼をして、ローザ達の方へ下がったアルジェントを確認してから、威圧により碌に動けなくなっている勇者達を見た。
「さあ。たっぷり、お礼を返してあげるね」
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