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第7話 市川が教師を辞めた理由

「ゴメンね楓ちゃん……」 「キモイ、楓ちゃんって言うのやめて」 「はい。すいません」 僕はバスルームで椅子に座り、市川に身体を洗わせていた。彼が約束を破って僕の身体に跡を付けたので泣いたら市川は急に下手に出だしたのだった。 最初は背の高い見知らぬ男の登場にビビったけど、姉の彼氏だとわかったし僕に危害を加える様子は見られないのでもう怖くなかった。 小さい頃から、男の人は大抵僕に優しい。そういう相手にはつい言いたいことを言ってしまう。 「痛っ! しみるから肩に泡つけないでよ」 「ごめん、痛かった?」 市川は泡の着いた傷口を舐めた。 「わーっ! 舐めるんじゃない!」 「消毒だよ」 何言ってるんだよ! 「変態……なんでこんなことしてんの? 聖司は男が好きなの? ていうか姉ちゃんとはどうなってるの?」 僕も女物の下着姿で変なことしておいて人のこと変態とか言える立場じゃないけど、さすがに姉ちゃんの彼氏とあんなことしてしまったのは申し訳なかった。 いや、無理やりやられたんだから僕は悪くないけど。 「俺は別に男が好きなわけじゃないけど、楓ちゃ……楓くんが可愛くて目覚めちゃったかな」 「はぁ……?」 「最初に君を見たのは学校の文化祭だった」 「文化祭?」 「一昨年のね。君はクラスの出店でメイド服を着せられていた」 「ああ……」 そういえばそんなことやったな。忘れてた、僕女装するの初めてじゃなかったじゃん。 「ちらっと見えただけだったんだけどすごく可愛い女の子がいて……好み過ぎてその日は何度も君のクラスに見に行ってしまったよ」 「ふーん。まぁ、他の男子よりは女みたいに見えただろうけどね」 ゴツい男友達もみんなメイド服を着せられていた。女子は爆笑してたよね。 「後からそれが男子生徒だと知ってびっくりしたよ。あ、知ってた? あの日の君のメイド姿の写真、売ってる子がいたよ」 「はぁ?」 そんなことする奴いたのか。 「僕は君が写ってるのは全部買った」 うわ……きも。 「お陰で学校やめることになっちゃったんだけどね。あはは」 「は?!」 どういうことだ? 「その写真売ってた子、俺が楓くんのこと好きなの気づいちゃってね」 「え、誰それ?」 背中を向けていた僕は気になって振り向いた。 「浜中くん」 「うっそ!」 浜中はクラスで、いや学年で1〜2位の秀才で学級委員長もやってるような男子だ。外見だけでいうと僕と似たようなタイプで、中性的というか小柄で華奢な見た目だった。 まさか真面目そうなアイツが、撮った写真を売るようなことをしていたとは……。 「それでね、俺が楓くんのこと好きなのが気に入らなかったんだって。俺、学校では目をつけられにくいように地味にしてたんだけど、浜中くんは俺のこと好みだったみたいでねぇ」 「へえ」 なにそれ、さりげに隠しても溢れ出るイケメンアピール? 「まぁ、浜中くんもよく見たらきれいな顔してるし全く好みではなかったけどグイグイ迫られたし2~3回相手してあげたんだ」 「うわ……サイテー」 「あ、ごめんね! その時は君としゃべることもできないし、リアルに接触するなんて無理って諦めてたんだ。だからそんな風に言わないで~」 市川は僕に背中から抱きついてきた。その手を軽く叩いて振り解く。 好みじゃないけど相手してやったって言い方がムカつくんだよ。顔がいい男ってみんなこうなの? 友達の亮平(高身長イケメン)とかも将来こんな大人に育ったらやだなぁ。 「それで俺は密かに楓くんに想いを寄せてた訳だけど、浜中くんが本気になっちゃって」 「ああ……」 つーかそもそも本気じゃなかったら男の教師に迫る訳ないだろ。 「付き合ってくれって言われて、俺は楓くんが好きだから無理って断ったんだ」 「ふーん」 そこは一途かよ。 「そしたら浜中くん怒っちゃってさー。”先生にやらしいことされた”って教頭先生に言われちゃって」 「えっ!?」 「もう、大変だったよ。向こうから誘ってきたとはいえ手を出したのは事実だし、浜中くん写真得意じゃん? 俺の裸の写真撮っててねー」 「うわ……エグ」 浜中やり方汚ないなぁ。市川にはムカつくけど、これは浜中の方が悪いでしょ。 僕はちょっとだけ市川に同情した。 「ま、浜中くんは自分が嘘ついてるのわかってるからね。俺が君たちの学校を出るって条件でそれ以上何も言わないってことになったんだ。で、この件は内密にって事で公にはなってない」 「それで転勤したんだ。でも先生自体辞めちゃったんでしょ?」 市川は僕の身体の泡をシャワーで流しながら言う。 「ああ。何だかもう嫌になってね。女子生徒と問題になるのを避けるためわざわざダサい格好までしてたのに結局あんなことになって」 そういうこと? 確かにちょっと見た目いい先生に女子はキャーキャー言ってるしな。市川がまともに顔出して学校にいたら本気になる女子がいてもおかしくはない。 「それで思い切って転職した先に梢がいたんだよね」 あ。そうだったんだ。 「苗字とあの顔で君の身内だとすぐにわかったよ。そっくりだよね君たち」 「うん。外歩いてたら姉妹に間違われる」 「だよねぇ、楓は男にしておくのもったいない」 「うるさいよ」 僕が冷たいことを言っても市川は全く気にせず笑っていた。 「よし、身体綺麗になったから上がろうか」 「うん」 「梢がアイス買ってきてるでしょ。俺の分もあるって言ってたから一緒に食べよう」 「……おう」 なんだ、僕が二個食べちゃおうと思ってたのに一個はこいつの分だったのか。

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