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第8話 何故僕はコイツとアイスを食べているのか

汚れた下着は手洗いし(市川が)、市川の服も汚れてしまったので洗濯機を回した(市川が)。 いつもの部屋着に着替えて僕はソファでアイスを食べている。市川ははじめから泊まるつもりだったらしくちゃんと着替えも持ってきていた。 ほぼ初対面みたいなものなのに図々しいよね。姉ちゃんから許可を得てるとドヤ顔で言っていた。 そんな彼は今キッチンでコーヒーを入れている。 「僕ブラック飲めないから牛乳たくさん入れてね」 「うん、わかったよ。砂糖は?」 「いらない、アイス食べてるから」 市川はくすっと笑った。僕がブラックで飲めないのを馬鹿にしてるのか。 「アイス美味しいかい?」 「うん、早く来ないと溶けるよ」   僕はテーブルに置かれた市川の分のアイスクリームをチラッと見た。 「食べたいなら俺のも食べてもいいよ」 「え、ほんと?」 手を出そうとしてふと思いとどまった。 ――いや、待てよ。もしかしてアイスで僕を釣ろうとしてる? 何か無理難題をふっかけようとしてない? 「やっぱやめとく。ねぇ、それよりもう警察に通報したりしないから電波戻してくれない?」 「んー? そうだな……楓が良い子に出来るなら戻そうか」 いや、人のうちに来て電波妨害しておいてなんでそんな偉そうなわけ? 「ネットも見れないじゃん。姉ちゃんに文句も言いたいし」 「え! 楓、お姉ちゃんに連絡するの?」 市川が急に慌てはじめた。 「だって、聖司が来ること全然教えてくれなかったんだよ。文句の一つ言ってやりたいし」 「そう……あの、あのさ。その……俺のしたことは言わないでくれない?」 「はぁ?」 市川はマグカップを2つ持ってソファにやってきた。僕はミルク入りの方を受け取る。 ふーふー冷ましている僕に市川が少しどもりながら言う。 「いや、なんていうかね。あんなことするつもりじゃなかった。本当だよ!」 「はぁ?」 あんなことって、身体中舐め回して素股したこと? 市川はコーヒーカップを僕から奪ってテーブルに置き、僕の手を取って諭すように言う。 「言い訳させてよ。だって部屋に入ったら楓くんがあんなエッチな格好してトロトロな顔してるんだよ。あれ見せられて我慢できる男がいる?」 そんなこと言われたって……。 僕は市川の発言にひっかかりを感じて問い詰めた。 「でもそれなら普通にピンポン押して来たらよかったのに。しかも電話まで出来なくして、何する気だったの?」 「それは……っ」 市川は必死な顔で言い募る。 「事前に俺のことをお守り役に寄越すなんて言えば楓くんは絶対拒否するだろうから黙って部屋に入れって梢が言ったんだ。君には”誰が来ても鍵を開けるな”と指示しておくって言われたし」 確かに姉ちゃんはそう言っていた。 「だけど今回彼女が俺に鍵を渡したのは、俺が君に手を出さないって彼女と約束したからなんだ」 「え、待ってよ。僕に手を出す可能性あるって姉ちゃんわかってて聖司に鍵渡したの!?」 どういうこと? 2人は付き合ってるんじゃなかったの? 「俺が楓くんのこと大好きなのは梢はわかってる」 「はぁ~?? 何それ、なのに聖司と姉ちゃんは付き合ってるの?」 「一応彼氏ってことになってるけど俺が好きなのは楓くんだけだ。俺が楓くんのことを愛してやまない人間だから梢は認めてくれたんだ」 ――いやいやいや、なんだそれ。 「待ってよ、認めるって何? 意味わかんないよ」 「楓が高校を卒業したら、俺と君の交際を認めてくれるって約束だ」 「なっ、何それ!? さっきから全然話が見えないんだけど。僕を無視して大人同士で何勝手に話してんの!?」 僕は市川のことを今日までほぼ知らなかったのになんでそういうことになるんだよ。 混乱する僕をじっと見つめた後、市川はアイスクリームをスプーンですくってこちらの口元に差し出した。 「はい、あーん」 はぁーー? 「おい、あーんじゃないだろっ!」 何考えてるんだよこいつ。 しかし彼は更にスプーンを近づけてくる。 「食べないの?」 「たっ……」 ――食べるけど!? 表面が溶け始めたアイスを見て僕は思わずスプーンに食らいつく。 すると市川はホッとしたように相好(そうごう)を崩した。 「美味しいね? ほら、もう一口どうぞ」 またひと(さじ)すくって口に運ばれる。僕は大人しく口を開けた。 それを見た市川がボソリとつぶやく。 「――楓はいつか悪い男に騙されてしまいそう」 「はい?」 急に何を言い出すんだ? 「お姉ちゃんが言ったんだよ。君、小さい頃からいろんな人に声かけられてついて行きそうになってたんだって?」  「ああ、確かにそれはそうだけど……」 なんだよ、昔のことか。 「今日実際に会ってみて本当にそうだなって思った。警戒心が無いよね、楓。可愛いけど心配」 この状況でそれをあなたが言います……? 「職場で梢と打ち解けて、徐々に楓くんのことを話すようになった。何せ彼女は君に一番近い存在だからね、俺は君のことを知りたくてあれこれ梢に聞いたんだ。当然君のことが好きなのはすぐにバレたわけだけど」 ――勝手に僕の情報が横流しされてたってことか。 「最終的に梢と俺は楓くんを見守る同志みたいな間柄になった。彼女が残業だったり、休日に出掛けないといけないときは俺が密かに君を見守ってたこともある」 「え、嘘。ガチのストーカーじゃん」 「ハハッ。そうだね。お姉ちゃん公認のストーカーだよ。僕たち本当に君のことが心配なんだ」 えー……おいおい姉ちゃん、どういうこと。 「悪い男にさらわれるくらいなら俺に任せるって梢が言ったんだ。俺はストーカーの中では一番マシだからって」 なんだよそれ。 「楓くん、順番がおかしくなって申し訳ないけど俺は楓くんが好き。出会うなりあんなことしてごめんね。でも、卒業したらどうか俺と付き合ってください」 またスプーンを差し出される。 「は……え……?」 アイスクリーム越しに真剣な面持ちの市川と目が合い、僕はさすがにそのスプーンに口を付けていいのかわからなくなった。 ――付き合うだって? 僕が、この人と?なんで!? 意味不明なんだけど!? 返答に困っていたら、アイスクリームが溶けてポタリと僕の膝の上に落ちた。 「あー、ちゃんとお口を開けないから落ちちゃった。お行儀が悪いよ、楓」 市川はほとんど溶けかけたアイスクリームを容器ごとテーブルに置き、僕の膝に顔を近付けて来たかと思うと垂れたアイスクリームを舐め始めた。 「わ! 何するんだよ!」 「粗相をする悪い子にはお仕置きが必要だね」 「えっ、また!?」 「汚れたから脱がないとね」 市川はそう言うとスウェットをずるっと引っ張り下ろした。

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