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第9話 市川の豹変

市川は床にひざまずき、ソファに座る僕の脚に舌を這わせる。 左脚の膝から腿の内側にかけてねっとりと舐められてむず痒くて仕方がない。 変な雰囲気になるのが嫌で、僕はあえて明るく笑い飛ばそうとした。 「あはは! 待って待って、くすぐったいよ!」 「……」 僕が彼の頭を押さえてやめてと言っても、無言で舐めるのをやめてくれない。 「や、やだってば! もうアイス綺麗になったから……んっ」 変な舐め方しないでよ。この変態!  そう思ったとき太ももに鋭い痛みが走った。 「いたっーー!」 見ると赤く跡がついている。 「ちょっと、また……!」 さっき謝ってたのはなに?キスマークじゃんこれ。 「ふざけないでよ、跡つけるのやめてって言ったよね」 更に舌でそこをちろちろと舐められる。市川の顔は徐々に脚の付け根近くまで上ってきた。 学校にいたときの市川は大人しそうで地味な感じだったし、さっき僕に謝ったときも彼はおどおどしていて全然怖くなかった。だけどなんとなく今は雰囲気が違った。 有無を言わせぬ強引な様子に僕は戸惑っていた。 「んっ……」 市川は脚の付け根をひたすら舐めているけれど一向に中心には触れてこない。 濡れたいやらしい音だけが響いて、直接的な刺激が来ないのがだんだんもどかしくなってくる。 でもまさか”ちゃんと舐めて”、なんて恥ずかしいことが言えるわけもない。僕はなんとか直接言うのを避けて願望を伝えようとした。 「聖司、そこ……もうやなんだけど……」 ――そこじゃないとこ舐めてよ。わかるよね? すると市川が顔を上げた。その表情は予想と違って冷たいものだった。 「君は警戒心が無さすぎだし、男を(あなど)りすぎだ」 「え……?」 いきなりさっきまでとは声のトーンが変わって僕はびくっとした。 「俺みたいな男が言うこと聞くのは当然で、なんでも好きなことしてくれるって思っているんだろ?」 静かな声でゆっくり話しているけど、僕の脚を掴む手には強く力が込められていた。 「そ、そんなこと……」 市川はため息をつく。 「君がわかってくれないといつまでも目が離せないからね。可哀想だけど大人にそういう態度とるのは良くないってわかってもらわないと」 そう言って市川はさっき僕の手を縛っていたリボンと同じものを持ってきて今度は僕のペニスの根本を縛った。 「ちょっと何するの? やめてよ!」 「楓がこれ以上大人に舐めた態度をとることがないように(しつ)けることにするよ。でも安心して、梢との約束は守るから。君が卒業するまでセックスはしないであげる」 「え……?」 ――セックスはしないであげる? な、なんで僕が卒業したら市川とそんなことしないといけないの? 淡々と語る彼の目からはなんの感情も読み取れなかった。 「今夜はただ俺に懇願して、俺のものになるって言わせるだけだから」 「は……?」 そんなこと言うわけ無いじゃん……? 僕は彼を睨みつけて言った。 「ねぇ、酷いことはしないって言ったよね。大人なのに約束を破るの? これ外して今すぐ僕から離れてくれないと姉ちゃんに全部話すよ、いいの?」 「楓……本当に生意気なお口だね。どうやったらこんな風に育つのかな。梢が甘やかし過ぎた?」 市川は不快げに眉をひそめながら僕をソファに押し倒した。さきほどよりも荒っぽく胸を押されて僕はちょっと怖くなる。 態度変わりすぎ。別人みたいだ。 「――怖いよ、聖司やめて」 「ははっ。今度はびびってるフリ? 上手だね。上目づかいで甘えた声出しちゃって。だけどだめだよ。もう少し怖がってもらわないと意味がないからね」 「え、嫌だ! 痛くしたりしないよね? やめて、お願い!」 怖がってもらうって何? 「そうだなぁ、痛いことするのは俺も好きじゃないから。恥ずかしいことをしようか」 「な……」 市川は形の良い薄い唇で微かに笑った。 「怯えた顔も可愛いね。大好きだよ楓」 ――姉ちゃん、こいつのどこが一番マシなストーカーなの……?

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