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第3話
「まったく意識されないのは、だいぶ堪えるなぁ」
冷蔵庫から取り出してきたミネラルウォーターのボトルに口をつけ、遼は寝室に、足音を忍ばせ入ってゆく。
「お酒が入っているとはいえ、爆睡ですか」
ダブルサイズのベッドには、緩みきった顔のほづみが気持ちよさそうな寝息を立てていた。
二人してトイレから出て、速効で逃げようとするほづみを捕まえてソファに座らせた。
とにもかくにも美優の接客を嫌がるので、しかたなく遼と速水でほづみを挟み、二時間ほど飲んで食べて騒いだ。
ほづみはちびちびとグラスを傾けながら、始終、不本意そうな顔をしていた。言葉数も少なかったから、新作のデザインどころではなかっただろう。
はしゃぎすぎて酔いつぶれた大友を速水が、少量の酒でもぐでぐでに酔ったほづみを遼が引き受けて帰途についた。
「目が覚めたら、怒るかなぁ」
ほづみの自宅に送り届けるべきなのだろうが、残念ながら、自宅の住所は知らなかった。
ポケットをまさぐって財布を引っ張り出しても良かったが、遼自身、酒のせいで体がだるかった。
面倒臭くなって、遼は自宅にほづみを連れ込んだのだった。
「案外、可愛い顔をしているんですよね。もったいないなぁ。いつもつまらなそうにしているんじゃ、男前も台無しでしょうに」
ほづみが起きていたら、きっと嫌味に取られていただろう。
遼からすれば心の底からでてきた本音なのだが、生まれ持った顔のせいで、褒め言葉も曲解して受け取られかねない。
遼は毛足の長いラグに腰を埋め、ベッドに体を寄りかからせてほづみの顔に手を伸ばした。
柔らかいマットレスにすっかり安心しているのか、枕を抱きかかえたほづみは、子供のように深い眠りの中にある。
触ろうとすれば噛みついてくる、神経質な姿はどこにもない。遼は「かわいいなぁ」とつぶやき、頬を撫でた。
するすると、滑らかな肌の触り心地は極上だった。
「財布を探って、住所を見つけても良かったんですけどね。もっと、一緒にいたかったんです。しょうがないですよねぇ。だって、とても美味しそうだったから」
頬を撫でられても、唇を親指でなぞられても、すやすやと安らかな寝息が絶えない。
まったく起きる気配のないほづみに、遼の悪戯心がじわじわと顔を出してゆく。
酔い覚ましに水を一気に飲んで、空になったペットボトルを床に置き、遼は細心の注意を払い、ベッドの上に上がった。
ダブルサイズといえど、大人二人分の体重は重いようだ。ぎし、と撓るスプリングにひやっとした。
「起きてこないと、酷い目に遭いますよ。いいんですか? ほづみさん?」
煩いとでも言うように唸るが、ほづみは目を覚まさない。
目を閉じたままのほづみに遼は大きく息を吸って、ネクタイをしゅっと引き抜いた。
息苦しかったのか、ネクタイがなくなってさらに頬がゆるむほづみに、遼の下心に火が点った。
躊躇う素振りもなく、ボタンを外してゆく。
「嫌だなぁ、もう」
照明が落とされた薄暗い部屋の中、窓から差し込む月明かりに照らし出された真っ新の裸体を目にして、遼は咄嗟に口元を押さえた。
想像以上の初さに、奇声が上がる寸前だった。
酔い任せの行動は往々にして、人生を反省したくなるような失敗がついて回る。が、今回ばかりは良策だった。
住所が分からなかったのを言い訳に、自宅に引き摺り込んだ大胆さを、遼は「よくやった」と自画自賛していた。
「ほづみさんの肌に触れる手は、僕がいちばん最初だったりしませんか?」
四十の男とは思えない綺麗すぎる肌に、甘く匂い立つような色香を遼は感じていた。
「キスも、初めてだったりして?」
ほづみの肩を押して仰向けにして、万が一にも逃げられないようにと馬乗りになる。
「ねえ、ほづみさん。あなたはどんな悪夢に囚われているんですか?」
理性を飛ばしてむしゃぶりつきたくなる衝動を抑え、遼はゆっくりと顔を降ろし、小鳥が啄むように唇に触れた。
「あなたを閉じ込めている悪夢。ぜんぶ、僕が食べてあげるから。もう、泣かないでいいよ」
遼は目を閉じて、唇を重ねた。
頭の奥で、子供の泣き声がする。
泣かないで。
泣かないで。
声が聞こえてくる場所へ手を伸ばすように、遼は深く深く、口づけた。
◇◆◇◆
「……ぁ、あっ」
ぼんやりとした思考の中で、ほづみは、暴力的な切なさに声を上げていた。
気持ちいいのに、せつない。
気持ちいいはずなのに、どうしてか恐い。
糊で貼り付けられたように重い瞼を持ち上げると、白い天井が広がっていた。
継ぎ目のない、のっぺりとした空間。見知らぬ天井。自分は一体何処にいるんだろう。
全く乗り気でない飲み会で、自棄になってグラスを呷っていた記憶だけがある。
(なんだ? 夢をみているのか?)
分からない。
頭がいたい。
響く鈍痛に、目玉が押し出されるような不快感を覚える。
ほづみは小さく喘いで、身じろいだ。
起き上がろうとして、思ったほど動かない体に訝しむ。
「ひっ、あっ……何?」
なにより、下肢から這い上がってくるような、ぞくぞくとしたこの快感には、覚えがあった。
女と肌を重ねなくとも、自慰くらいはする。性に関心が薄いといえど、無関心ではない。
しかし、どうして。
夢うつつのまま、僅かに頭を持ち上げた。
「に……にいみ?」
仰向けに寝転び、膝を立てて大きく開いた両足の間に明るい栗色の髪がふわふわと動いている。
「んっ、ふぁ。ほづみさん、こっちはとても素直でいやらしいんですね」
じゅるっと響く水音に、ほづみは嬌声を上げていた。
(どうして?)
困惑するほづみを上目遣いに見つめたまま、遼は口に含んだものに躊躇なく舌を絡め、吸い上げた。
「あっ、ひっ……だ、だめ。だめっ」
びくびくと震える膝頭を、あやすように優しく撫でてくる掌の感触が、強ばる体を解し快感を脳髄に染みこませてゆく。
先端を強く吸われ、柔らかい唇で甘噛みされる。
己の指でする愛撫とは、まったく比べものにならない刺激だった。暴力的なまでの快感に、閉じられない口から粘ついた涎がだらだらと零れ落ちてゆく。
(どうして? なんで?)
好物をむしゃぶるようにフェラチオを続けながら、逸らされない遼の視線に、背筋がゾクゾクと震え出す。
「だ、だめ。このまま、じゃ……ひっ」
絶頂の予感に脅え、遼の顔を引きはがそうと手を伸ばすが、仕置きとばかりに軽く歯を立てられる。
「あっ、あ――」
痛みではなく、どうしようもない快感に、ほづみは悲鳴を上げ、遼の口腔に精を放っていた。
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