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第5話

 会社近くのコンビニで買った下着に着替え、遼から貰った下着は、ダストボックスに投げ入れた。  使用済みの下着を、洗って返すわけにもいかない。もったいないが、このまま履き続けるのも嫌だったのだから、しかたがない。  ベルトをぎゅっと締め、手早く身繕いをする。  サイズはさほど変わらないのに違和感を覚えていたのは、どうしてだろう。悪夢を意識しすぎているのだろうか。  ほづみは個室トイレから出て、ほっと一息ついた。  鏡を見れば、多少みだれてはいるがいつもの自分がいた。手櫛で髪を整え、なんともない顔を作ってから、先に歩いていった遼を追って、仕事場に入った。 「よう、おはようほづみ。昨日は楽しめたか?」  浴びるように酒を飲んでいたのに、まったく変わらない朗らかな声は速水だ。 「最悪だった」  ほとんど記憶にないが、気分が悪かったことだけは覚えている。  遼はすでに自分のデスクに座っていて、仕事を始めているようだった。  私物をしまうロッカールームに鞄を放り込んで手ぶらになったほづみは、いつもは手をつけないコーヒーサーバーからブラックコーヒーを抽出した。  安っぽい豆の匂いはイライラするが、昨夜から今朝、現在に至るまでのもやもやを押さえつけるにはうってつけだ。  ほづみはコーヒーを一口啜って不味さを確認し、スティックシュガーを一本手にとって、各デザイナーに割り当てられた個室スペースへと向かった。  動きを逐一追ってくる遼の視線を分厚い扉で追い払うと、少しばかり気持ちが楽になる。口を突いて出る溜息も、僅かばかり軽さを取り戻していた。 「仕事、いまはとにかく仕事だ」  デザインの納期は、一週間後に迫っている。 《sparkle》の新しい商品展開の第一弾となる代物だ。  容赦ない遼のリテイクにぶつくさ文句を言ってはいても、納得の行くものを作りたい気持ちはほづみにもあった。  今度こそ、企画の責任者である遼の承認を貰う。  参りましたと言わせて、土下座をさせてやる。  外部の音を遮断する分厚い扉に寄りかかり、ほづみは頭をふった。 「……意識しすぎだ」  安っぽい豆の匂いを嗅ぎ、無理矢理意識を切り替えてほづみはデスクに向かった。 ◇◆◇◆  ほづみが個室に入るのを見送って、遼は鞄を手に立ち上がった。 「あれ、新見さん。どこに行くんです?」 「商品広告撮影の打ち合わせだよ。ちょっと、モデルを変更して貰おうかと思って」 「今からモデル変更ですか? えらく、急ですね」  顔をあげる大友に、遼は「まあね」とポケットからスマホを取り出した。 「ほづみさんの作品に、うってつけの女優を見つけたんだ。急なオファーを快く受けてもらえるか分からないけど、断らせはしない。絶対に、口説き落とすよ」 「新見さんに迫られたら、どんな女性もいちころですよ。男だって、簡単に落ちちゃうかも。……で、一体誰なんです?」  椅子から立ち上がって手元を覗いてくる大友に、遼は女優のプロフィールページを見せた。 「ええっ、天木志保里?」  予想していたとおり反応を示す大友に、遼は機嫌を良くした。  スマホのディスプレイに映る妙齢の女性は、予定していたモデルの二回り上の年齢……ほづみと同世代のベテラン女優だった。 「ブランドのイメージが、がらっと変わりませんか? コンセプトが大人ジュエリーとはいえ、大人すぎると、ぼくは思うんですけど」  遠慮がちに「大丈夫ですか?」と心配してくる大友に、遼は自信満々に頷いた。  四十を迎えてもなお色あせぬ美貌とはいえ、当初予定していた二十代後半のモデルとくらべて、艶の色合いはあきらかに違う。大友の懸念は当然だろう。 「天木志保里も、じゅうぶん綺麗ですけど。《sparkle》の特徴は瑞々しさ、初々しさですよ?」 「熟れた果実は、およびでないとでも? 大丈夫だよ。《sparkle》らしさを残したまま、新しい色を出してみせるから」  心配はいらないと大友に頷き、遼はほづみが作業している個室に顔を向けた。 「僕が、ほづみさんを大人にしてあげますよ」  怪訝そうな視線を向けてくる大友に笑顔で返し、遼はオフィスを出た。 ◇◆◇◆  無邪気に遊ぶ児童を守る傘のように、枝を広げた楠がそそり立つ校庭。  目に映るもの全てが、出来の良いミニチュアに見えてくる。  かつて幼年期を過ごした小学校。その中庭に、ほづみはひとり立ち尽くしていた。 「夢? 俺は夢を見ているのか?」  呟くほづみに応えるよう、か細い子供の泣き声が聞こえてくる。  しとしと降る梅雨時の雨のように微かな泣き声は、誰にも気付かれず、おぼろげな記憶の中に溶けていく。  ほづみは、泣き声がするほうへ顔を向けた。  とてもとても、悲しい気持ちになる泣き声だ。 (いつまで引き摺っているんだ、俺は)  四十年も生きていると、良いことも悪いことも、ほとんどの記憶は曖昧になっていく。  年月という網に濾された記憶は、その時々に示した感情だけが棘のように残っていた。細かすぎて抜くこともままならない痛みは、まるで幻肢痛のようだ。  雄々しく茂る下草に混ざり込むようにして、しゃがみ込んでいる子供を見つけた。  顔の細部は分からないが、ほづみはすぐに小学校の頃の自分であると気付いた。夢とは言え、不思議な気分になる。  ちっぽけだったからこそ、自分が大きく見えていた頃。今もまあ、不遜な態度だと噛みつかれもするが、この頃に比べればだいぶ丸くなったほうだ。  何もかもが、自分の思うままになると本気で思っていた愚かな時代だった。  無邪気な傲慢さがもたらした失態は、四十年経っても抜けない棘になっている。罪深い少年だ。 「かわいいですね、ほづみさんって」  背後からかけられた声に振り返ろうとして、痛いくらいの力で抱きしめられ困惑する。 「に、にいみ?」 「小学生の時にフラれたこと、四十になって引き摺っているなんて。もはや、天然記念物ですよ。何度も何度も、未練たらしくこんな夢を見てるなんて」  夢じゃないのか?  慌ててきょろきょろと周囲を見回すと、泣きじゃくっていた少年は消えていて、小雨の中庭だけがある。 「夢ですよ。ここは、ほづみさんの夢の中」 「なんで、お前が出てくるんだ」  新見の両腕を引きはがし、ほづみは息を荒げて振り返った。  濡れない雨の中、遼はにやにやと口角を持ち上げてほづみを見下ろしている。 「小学生の時の失恋が元で、女性に苦手意識をもっているなんて……子供ですか?」  遼であろうとなかろうと、絶対に触られたくない部分 を突かれ、ほづみの頭に血が上る。 「うるさいな!」  感情のままに振り上げた拳は、すやすと受け止められた。大きな手で掴まれた手首を思いっきり引っ張られたほづみは、遼の胸元に飛び込む形になる。 「に――」  逃れようともがき頭を上げたところで、怒声は遼の唇に塞がれた。  手首と腰を囚われたまま、ろくに抵抗もできず、ほづみは我が物顔で入り込んでくる舌に背中をがくがくと震わせた。  おかしい。  厚みのある舌を思いっきり噛んでやりたいのに、体が言うことをきかない。  勝手な蹂躙を無抵抗のまま受け入れている状況に、ほづみは愕然と間近にある遼の目を睨む。 「思い出しちゃいました? 僕のフェラ。気持ちよかったでしょ? この口で、ほづみさんをいかせたんですよ」 「んむっ……ぁ、ふ、ふざけるな。あんな夢」  唇が離れると、すかさず手の甲で唇をごしごしと拭った。「ひどいなぁ」と遼が顔をしかめるが、皮膚に残る感触をかき消すようほずみは擦り続けた。 「いやだなぁ、あおっているんですか? 唇が真っ赤になっちゃって、エッチだなぁ」 「離せ! 本当に、これは夢なのか?」  擦りすぎた唇が、じりじりと痛む。  夢ならば、頬を抓れば目が覚めるのか。ためしに抓ってみたが、遼に笑われただけだった。 「ええ、夢ですよ。僕ね、家系的にちょっと変わった特殊能力を持っているんですよ。他人の夢を覗く能力。夢魔。洋風に言えばインキュバスですかね」 「そんな絵空事、信じろっていうのか?」  冗談にしては全く面白くない切り返しだが、現実とは言い難い状況ではある。  いまはもう、廃校になった小学校。  小雨が降っているのに、濡れないスーツ。 「俺の夢だっていうなら、いますぐ出て行けよ! プライバシーの侵害だぞ!」 「僕ね、見ちゃいました。ちいさいほづみさんの、せいいっぱいの告白。かわいかったな」  にんまりと笑う遼に、ほづみは血の気が引いてゆくのを感じた。  四十にもなって、小学生の恋愛話を出されるなんて。  恥ずかしいにも、程がある。 「思春期に起きた衝撃的な出来事とはいえ、いささか引き摺りすぎですよ。ほづみさん。あなた、どんだけプライド高いんですか? 好きな子にフラれたくらいで、女性が苦手だなんて大げさな」  言い返そうにも言葉が見つからず、酸素の切れた水槽の金魚よろしく口を開閉するほづみに、遼は触れるだけのキスをして続けた。 「まあ、そんな無駄に高いプライドとガラス細工より脆い繊細な精神が、無邪気さを感じる《berry》の魅力なんですけどね。でもね、いいかげん、違う色に染まりましょうよ。こどもの振りはもう限界でしょ? 大人になりましょうよ」  ちゅく、ちゅくと唇を啄み。重なる吐息が甘く重くなってくると、再び舌が口腔へと潜り込んでくる。 「んぁ……やだ、に……み」 「鏡でみせたいくらいです。ほづみさん、とてもいやらしい顔していますよ」  ぐらっと、視界が揺れた。  驚いて目蓋を瞬くと、小学校の中庭は消え失せ、ぼんやりとした白い部屋の中にほづみは仰向けに横たわっていた。  目が覚めたのだろか。  ほっと胸をなで下ろしたほづみを裏切るように、長い髪を解いた遼がのし掛かってくる。 「や、やめろ! あんなこと、するのは嫌だからな!」 「あんなことって、これですか?」      遼は脅えるほづみを見つめたまま、掌で股間をそろりとなで上げた。 「んっ、ん――」  びくびくと体が震え、喉からは甘い声が漏れ出る。 「ぃ、やだ。にいみっ」  ほづみの制止の声を無視して、遼は無遠慮に、服の上から股間をなで回してきた。 「こっちは、素直なんですね。もう、硬くなってきましたよ」 「やめろと、言っているだろっ」  振り上げた手は遼を打つ前に取られ、床に押しつけられた。身じろぐのがやっとで、どうやっても逃げ出せない圧迫感に、ほづみは震えていた。 「脅えないで、ほづみさん。ここは夢だから、なにもかも、気持ちが良いだけです。素直に身を任せて。ストレス解消と思ってくれたって僕は構いませんよ。片思いしているのも面白いですし」 「こんなのっ、気持ちいいものか」  唇を噛んで目蓋をぎゅっと閉じて刺激に耐えるが、服の中で大きくなっているのが自分でも分かる。  耳元で、遼が「すごいですよ」と囁いた。指先だけで勃起させられた事実に、ほづみは声もなく泣いていた。   快感と羞恥心に頬を高揚させ、「ちがう」と必死に頭を振ってみせるが、服を押し上げて反り立つ下肢はどうやっても隠せない。  感じてなんかいない。  気持ち悪いだけだ。  理性を総動員して睨み付けるが、必死の抵抗も遼の感性に火をつけるだけだった。  腰に腕を回され、ベルトを一気に引き抜かれる。  何をするのか。遼の視線を見れば、自ずと理解できる。  遼の胸を押し返して抵抗してみせるが、微々たるものだった。あっという間にスラックスを下着ごと下ろされ、勃起したペニスがぷるんと反り、遼のシャツを先走りで汚す。 「よく、見ていてくださいよ。僕の手でいくところ」 「ぅ、んんっ!」  ペニスが掌で包まれる。  口で咥えられていたときと違い、暴力的な、支配的な感覚にほづみは翻弄される。 「あっ――あっ、そ、なぁ」  自慰とは比べものにならない刺激だ。  掌全体で竿を撫で、形の良い指先で先端をごりごりと扱かれる。愛撫と言うよりは、もはや性交だった。犯されている。ほづみは背中を反らせ、震えた。  親指で先端を抉られる度、零れてくる先走りが粘ついてゆく。とろとろと零れ、遼の手に絡んでゆくさまは卑猥でしかない。  ほづみは泣きながら、延ばした手で遼のスーツの襟を掴んだ。いつのまにか、大きく開かされていた足は、今朝の悪夢を思い起こさせた。 (……いきたくないっ)  じわっと、遼の端正な顔が涙で滲んだ。 「泣かないで、ほづみさん」  ペニスから指が離れた。  解放されるのか。ほっと息をついたほづみだったが、精液に濡れた手で頬を撫でられ、湿った感触に絶句する。  夢であるというのに、与えられる感触は現実とまったく同じだ。 「意地を張らないで、気持ちよくなりましょうよ。僕が、教えてさしあげますから」  やさしく、じっくりと。  にんまりと歪む顔を殴ってやろうとして、力任せにひっくり返された。  腰を掴まれ、無理矢理、四つん這いの格好にさせられる。 「――えっ」 「僕が、大人にしてあげます」  ぐっと、尻の谷間に押しつけられた雄々しい感触にほづみは目を白黒させた。いったい、何をしようとしているのか、分かるはずなのに分からない。 「大丈夫。全部、夢ですから。痛くないですよ」 「いやだ、やだっ……っ!」  ぐっと押しつけられる先端に、体はあっさりと開いてゆく。  遼が言うように、痛みはない。  広げられる僅かな違和感はあるものの、すべての刺激は震えるほどの快感に変換されてゆく。  だが、痛くなければ良いものでもない。 「はっ、あ……っ」  猛烈な圧迫感を感じて、苦しさに犬のように舌が突き出る。 「は、はいってる? う、うそ……こ、んな……ぁ」 「まだ、先っぽだけですよ」  背後で、遼が笑っている。  殴ってやりたいのに、挿入の衝撃に耐えるので精いっぱいだった。  「くるし……も、やめて……やめてよぉ」 「苦しいだけじゃあないでしょう? ここ、僕のをぎゅと締め付けてきて……あぁ、気持ちいいな。とてもいい反応ですよ、ほづみさん」  感じ入った遼の吐息が、ほづみの背中をぞくぞくと撫でた。  「あっ、あぁ」  ずる、ずるっと体内に遼のペニスが入り込む都度、ほづみの口からか細い嬌声があがった。  内壁を抉られる衝撃は不快であるべきはずなのに、ほづみを揺さぶるものは明かな快感だった。遼の腰が進むほどに、目の眩む感覚がほづみを惑わせる。 「気持ちいいんでしょ? 僕とのセックス」  思わず頷きそうになって、ほづみは床に額を擦りつけた。  はふはふと、荒い呼吸に飲み込みきれなかった唾液がぽたぽたと落ちてゆく。 「わ、わからない。わかん……な、んぁ」  ぽろぽろと泣きながら、ほづみは遼の挿入に合わせて喘ぎ始めた。 「誰かとセックスするの、初めてだからですか?」  腰だけを高く上げる格好で、ほづみはこくこくと頷いていた。 「あっ、あっ、ひっ」  がつん、と腰骨が当たるほど深く挿入され、ほづみのペニスから濃い飛沫が噴き出した。奥深くに潜り込んだ遼を締め付けながら、ほづみは絶頂していた。 「いっちゃいましたね。気持ちよかったんだ?」  弛緩するほづみに構わず、遼は腰を振り続ける。  ガクガクと震える腰をしっかりと支え、何かを探すように絶頂したばかりの内部を暴いてゆく。 「でも、ここを擦るともっと気持ちいいんですよ。知ってます?」  悪魔のような囁きと共に、ごりっと硬く育った先端がある部分を叩く。 「ひっぁ……ひ、だ、だめ。そこ……だめっ」  子供のように嫌々と首を振るほづみの背中を優しく撫でながら、遼は容赦なく内部を蹂躙する。 いったばかりなのに、もう下肢に熱が集まり始めていた。 「も……やだ。どうして?」 「好きだからですよ。ほづみさんのこと、好きなんです。デザインも、ほづみさん自身も全部。だから、もう忘れましょうよ」  もう一度、遼は強く腰を打ち付けた。 「わす……れ、る?」 「ええ。初恋は、実らないものって言うでしょ? たった一度の失敗で、怖れないでくださいよ。二度目の恋を、僕としませんか?」 「……えっ?」  ほづみは遼を振り返ろうとして、舌を噛みそうになるほど強く突き上げられ悶絶した。  あやすような緩い愛撫ではなく、ただただ、肉欲を貪る動きになにも考えられなくなる。 「僕も、そろそろ限界だ」  ぶるっと中で遼が震え――ほづみの初な内部を精が満たしていった。

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